Netflix『そして、見失ったのは』:若者が直面するSNSでの承認欲求、インドにおける恋愛観とラブシーンの“今”


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Text:バフィー吉川
Netflixにまた魅力的なインド映画がラインナップされた!昨年最注目と言われた『アーチーズ』に続き、ゾーヤー・アクタルの製作会社が手掛けた最新作『そして、見失ったのは』が日本でも配信中だ。この作品は、『ガリーボーイ』(2019)の助監督を務めたアルジュン・ヴァレイン・シンの待望の長編監督デビュー作でもある。
主演を務めるのは、才能と美しさを兼ね備えた新世代のスター、アナーニャ・パンディ。彼女はファッションアイコンとしても女性から支持を得ているだけでなく、デビュー作『スチューデント・オブ・ザ・イヤー2』(2019)で新人賞を受賞するなど演技力も評価されている。
さらに、シッダーント・チャトゥルヴェーディーとアダーシュ・ゴーラヴという才能ある俳優も主演に名を連ねる。シッダーントは『ガリーボーイ』にも出演し、『Gehraiyaan』(2022)では先述のアナーニャと共演。アダーシュは『マイネーム・イズ・ハーン』(2010)でシャー・ルク・カーンの少年時代を演じ、メリル・ストリープやエドワード・ノートンなども出演したApple TV+オリジナルドラマ「エクストラポレーションズ すぐそこにある未来」でも話題を集めた。
豪華な3人がトリプル主演を務める本作だが、サポートキャストにも注目だ。『人生は二度とない』(2011)などゾーヤー作品ではお馴染みのカルキ・ケクランや、「ジー・カルダ ~絡み合う7人の友情~」のプリート役のアナーニャ・シンなども出演。
また作品中に隠された、ボリウッドのヒットメーカー、カラン・ジョーハルや女優のソーナクシー・シンハーの自虐ネタも見逃せない。
■デジタル時代の繋がりと孤独。全世界共通のテーマを真っ向から描く
本作はインドの、特に都会に住む若い世代にフォーカスした作品だ。ネットを通じて簡単に他人と繋がれるようになった現代。ネット上で自分の居場所を探してしまう。すぐ近くに大切な家族や仲間がいるのに、見知らぬ人からの“いいね”を求めてしまう。現代の若者なら誰しもが抱える、「ネット上での距離は近くなったとしても心の距離は遠ざかっているのではないか」という問題に焦点を当てている。
スタンドアップコメディアンである主人公のひとり、イマッド(演:シッダーント・チャトゥルヴェーディー)。自らのネット依存を自虐ネタとして笑いを取る。これはネットで居場所を求める現代人が、実際には笑いの対象になってしまうという皮肉を示している。
スマホを通じて他人と関わっていると思い込んでいるだけで、実は人との距離が遠のいていること。特にデジタル・ネイティブ世代にとっては、そのことに気づけること、気づかせてくれる相手がいることが貴重だと感じてほしい。そんなメッセージも多く含まれた作品だ。このメッセージはインドに限らず、全世界共通のテーマとして捉えられる。
例えば昨年公開のノルウェー映画『シック・オブ・マイセルフ』なども極端に行き過ぎた承認欲求を描いた作品で、このテーマの作品は全世界で生み出されている。しかし本作、『そして、見失ったのは』は、あくまでナチュラルな形で描かれているため、そのテーマをより身近に感じることができるだろう。
インドはデジタル化の恩恵により大きく発展を遂げた。その影響力はエンタメ、経済、メディアなど多方面に及んでいる。もともとは男性優位主義的な概念が蔓延っていたが、インターネットが女性の意見を発信する場を増やしたことで、女性が自らを主張できる国へと急激な速度で変化。地方や中年、高年層にもスマホが流通するなど、ドラマや映画を観ていてもデジタル化の波を感じるシーンが増えていることに気づくはずだ。
一方で、デジタル化が進むことにより、日本や他の国と同様に負の側面が表層化しているのも事実。
Netflixドラマシリーズ「クラス」やAmazonプライムビデオ「ジー・カルダ ~絡み合う7人の友情~」といった、現代の若者や中間世代を描いた作品では、このようなネット社会の暗部にも焦点を当てており、現代社会の問題とも向き合おうとする作品が増えているのも印象的である。
■お見合いから出会い系アプリへ。インドにおける恋愛観、結婚観の多様化
インドの人は毎日カレーを食べている?そんなイメージを持つ人も多いだろう。場所や個人差はあるが、現代のインド人が毎日のようにカレーを食べているかというと、実は違う。インドに対する他国からの一般的なイメージは、実際のインドの現実とはすでに大きく異なっている。
インドにおける恋愛・結婚観のイメージも同様だ。『そして、見失ったのは』にも登場する出会い系アプリ「Tinder」は、実際にインドでも若者を中心に多用されている。Tinder自体は2015年前後から普及しているが、コロナ禍がさらに需要を高めたと言われている。本作を観るまで、インドでTinderが使用されているとは想像していなかった人も多いのではないだろうか。
真剣な出会いを探す人もいれば、一夜限りの相手を探す人もいる。宗教やカーストに対する執着が薄れている若者にとっての出会いは、今はよりフランクになっているはずだ。少し前まではお見合いが当たり前とされていた。地方や保守的な家庭においては未だにそういった風習があるかもしれないが、それはどこの国も同じだろう。
インドの映画やドラマでも自由な恋愛を描く作品が増えており、2021年だけでも『おかしな子』や『美に魅せられて』、『私たちの愛の距離』といった、お見合い結婚に対してのアンチテーゼともとれる作品が量産。特にNetflixの場合は、少しプロパガンダ的かもしれないが、インドを「こう見て欲しい」という世界市場向けの作品が多いため、保守的概念からの脱却を描いた作品が多い。全てがインドの“今”を捉えているというと言い過ぎになってしまうが、Netflix以外の一般的な映画でも、そういった描写が増えてきているのだ。
保守的と思われてきた親世代の価値観の変化の描き方にも注目したい。本作の主人公アハナ(演:アナーニャ・パンディ)の母親について詳しい描写はないが、おそらくお見合い結婚であったのだろう。娘に対して「結婚は急がなくてもいい」と、自分の意思を尊重するように促している。
主人公の3人は幼馴染で親友同士だが、互いに恋心を持っていないのも特徴的。仲間とその空間を大事にしており、近年こういった作品が増えているのだ。最近の日本でも、フジテレビ系ドラマ「いちばんすきな花」が同様のテーマを描いていたのも記憶に新しい。
男女間の友情、恋愛どちらにおいてもインドは古いイメージを脱却しつつあり、映画やドラマの中でも世界と同様のテーマを扱うところまで進歩していることに驚かされるはずだ。
■インド映画でラブシーンは描けない?急速に進化するインド作品の恋愛表現
本作を観た人の中には、ラブシーンの描写が他国作品とあまり変わりないことに気付いた人も多いのではないだろうか。インド映画やドラマでの恋愛表現は、近年大きく変わってきている。
「インド映画ではラブシーンが描けないので、歌と踊りで表現されている」という情報を見たことがある人もいるかもしれないが、全てがその理由というわけではない。これは単純にレーティングの問題で、ファミリー層が観るようなレーティングが低い作品であればラブシーンをダンスで表現する場合があるだけで、インド映画全体がそうだというのは間違っている。
しかし宗教上の問題や婚前交渉を連想させることから、キスシーンすら描かれないという時代も実際にあった。韓国でも当てはまるが、インドの場合は「スターシステム」という主演俳優ありきで構成される作品がある。みんなのアイドル的な俳優にラブシーンを演じさせることへの抵抗もあったのだろう。
例えばシャー・ルク・カーン主演映画『さよならは言わないで』(2012)は、当時では珍しく不倫愛を描いた作品ながらキスシーンがない。その時期の名残があるのか、ベテラン俳優たちの作品には未だにキスシーンがないものが多いが、中間世代の俳優が主演する作品では、レーティングが低い作品だとしてもキスシーンが普通に存在することも増えている。
また配信作品に関しては、レーティングに縛られず、より大胆な恋愛描写を見ることも多いはずだ。例えばインド版「セックス・アンド・ザ・シティ」と言われている「フォー・モア・ショット・プリーズ!」では、性に関する描写が頻繁に描かれている。
これらの変化は、インドのエンタメが急速に発展し多様化していることを示している。インドエンタメを楽しむには、過去のイメージにとらわれず、“今”を理解することで新たな魅力を発見できるだろう。
■ボリウッドがその才能に注目!OAFF & サヴェーラーによるポップかつ繊細な音楽
本作が描くテーマと同時に注目したいのは素晴らしい楽曲の数々。手掛けるのはインド映画音楽界に彗星のごとく現れたユニットだ。
ディーピカー・パードゥコーン主演作『Gehraiyaan』で初めてインド映画の曲を担当し、いきなりアルバムが2億5000回以上もストリーミングされた、プロデューサーのOAFFとボーカル兼共同プロデューサーのサヴェーラー。基本的には2人で、女性ボーカルが必要な際にはゲストアーティストをもう一人加えるというスタイルで活動している。
2010年代からアーティストとして活動していたが、映画音楽市場に参戦したのは2022年とまだ最近のこと。
いわゆるボリウッドらしくない、ポップでありながらも繊細な心情を表すリズムが多くの若者たちの心を掴み、本作のような人間ドラマを主体とした作品ではその質を何倍にも向上させる。
ドラマ「フェイム・ゲーム:ある女優の秘密」やインド映画としては珍しくマルタ共和国でロケを行った『Starfish』、そして本作、『そして、見失ったのは』と、わずか1年の間で映画やドラマの曲のオファーが殺到。それは映画やドラマ業界が彼らが生み出す繊細な音楽を求めたからであり、今後も需要は増していくだろう。
【作品情報】
Netflix『そして、見失ったのは』
ムンバイを舞台に、20代の親友3人組が、ソーシャルメディアにからめとられながら、それぞれに恋愛や野心、傷心と向き合う姿を描く。
作品ページ:https://www.netflix.com/jp/title/81688853




