インド各地で空前のホラー映画ブーム?! 配信サービスの普及で大きく変化したホラーの概念とトレンド

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Text:バフィー吉川
『RRR』のヒットによって、インド映画が勢いづいているといわれる日本ではあるが、それは限定的なジャンルに過ぎない。
日本でも公開された『女神は二度微笑む』(2015)や『DEVILデビル/ラマン・ラーガヴ 2.0 ~神と悪魔~』(2016)のように、サスペンス作品が日本でも公開されていないわけではなく、またNetflixでは複数の言語リメイクが制作された『危険なUターン』(2016)やNetflixオリジナル映画『美に魅せられて』(2021)といった、多くのサスペンス映画を観ることができる。
ところがインド映画=サスペンスと想像する人は、まだまだ少ないのではないだろうか……。
どうしても日本における流通の問題で、ジャンルが偏ってしまっていて、インド映画というものの全体像が伝わらない傾向にある。娯楽要素の強い大衆的な作品ばかりにフォーカスされてしまっているが、実際のインド国内におけるトレンドとは違ったものが伝えられることも多くなってしまっているからだ。
そんな中で、今インド映画界の大きな動きとして、あるジャンルが勢いを増している。それはホラーだ!!
■配信の普及でインドホラーの概念が変化!様々なジャンルが入り乱れる時代に?!
北や南の都市部限定で盛り上がっているというわけではなく、東西南北で同時にホラームーブメントは起きていると言っても過言ではない。そして多くのクリエイターたちがホラーに興味を示しているのも事実。
NetflixやAmazonプライム、Disney+、ZEE5などの動画配信サービスを見ても、スリラーやホラーの量が年々増えてきていることが目に見えてわかるほどになっていて、アメリカやヨーロッパのように、ホラー映画を撮ることが若手にとっての登竜門となりつつある。
そもそもなぜ、インドでホラームーブメントになっているかというと、デジタル化、配信サービスの普及による個別ジャンルの需要増加がひとつの大きな要因としてある。
世界各国の映画が観られる、発信できるという環境はインドの映画界、音楽界、エンタメ界全体を大きく変えた。
2010年代に入ると、「死霊館」シリーズを意識したスーパーナチュラル系ホラーも制作されるようになった。代表的な作品では「1920」シリーズがある。今年の6月にも新作の『1920 Horrors of the Heart』が公開されている人気シリーズだ。
「1920」シリーズの1作目は2008年公開と、実は「死霊館」シリーズよりも早く制作されている。当初は『エクソシスト』(1973)やヨーロッパあたりのホラーを意識していた感じはするものの、徐々に「死霊館」テイストに寄っていった。
『Amavas』(2019)も同様に「死霊館」テイストの作品で本格的なホラーを目指した作品ではあるが、冒頭からミュージカルとコミカルなシーンが入っているため、緊張感が全くなく、別ジャンルとして観ればおもしろいのかもしれないが、ホラーとしては非常に痛々しい作品になってしまったと感じる。
要因として、少し前までインドにおいて映画というものが大衆娯楽とされていたこともあり、多くの層が楽しめるように多ジャンルをミックスしたような、いわゆる「マサラ映画」といわれる作品が多かった。そのためホラーというジャンルにカテゴライズされていたとしても、ミュージカルやコメディシーンが盛り込まれているなど、緊張感どころではなく、ホラーの雰囲気を台無しにする作品ばかりだったのだ。
そしてもうひとつの要因としてあるのは、インドのホラーは中国ホラーの影響を強く受けているということ。
インドでは中国映画を吹替えで上映するという環境があったり、90年代に入るとケーブルテレビを通じて多くの中国映画を観られる環境になったことから、アクション映画の下敷きとしてブルース・リーや少林寺作品があるのと同じく、ホラーにおいても「霊幻道士」や「チャイニーズ・ゴーストストーリー」シリーズといった中国ホラーのコメディ要素が強いという部分を引き継いでしまっていることが多い。
しかし、そんな時代は変化しつつある。ジャンルやターゲットとなる年齢層をある程度絞った作品が年々増えてきているからだ。
とくに配信作品に関しては、レーティングも高く設定できることから、顔面が崩壊、首が切断されるようなゴア描写や性描写を多く取り入れた作品増えてきている。だからといって良いというわけではないが、バイオレンスやホラーに強いクリエイターが育ちやすい環境になったこともあり、今までできなかった反動かのように、そういった描写を極端に入れた作品も多くなっていった。
まだまだ都市部に限られているのだが、インド国内においてハリウッド映画の上映数が多くなり、日本では未公開のままソフトスルーになった『スクリーム6』や『死霊のはらわた ライジング』も劇場公開されているのだから、少なくともインドでは日本よりもホラー全般的に需要が高くなっていることがわかる。
今のところはスーパーナチュラル系ホラーの方が多い気がするが、ハリウッド産ホラーに触発されて、今後、血みどろなスプラッターやモンスター映画なども製作されていくかもしれない。
今年の6月に劇場公開され、のちにNetflixでも配信が開始された(日本は未配信)タミル語映画『アシュヴィンズ』はインドでは珍しく、『ブレアウィッチ・プロジェクト』(1999)や『パラノーマル・アクティビティ』(2007)のようなPOV(Point Of View)映画と劇映画を組み合わせたものとなっていて、かなり意欲的な作品。そもそもPOVというジャンル自体が好みは分かれるかもしれないが、クオリティは非常に高い作品だ。
まさに今現在がインドホラーにとって過渡期ともいえる。様々なホラーが入り乱れ刺激し合っていることからも、今後インドホラーはさらに飛躍していくものと思われる。世界で注目されるのも時間の問題だろう。
■インドホラームーブメントに欠かせないのは地方の力!!
ホラーが人気になっているのは、ボリウッド(ヒンディー語映画)やトリウッド(テルグ語映画)など、都会の映画産業だけに限ったことではない。
例えば西インドのグジャラート語映画『Vash』(2023)は本格的なホラー映画となっており、演出やBGM、独特の間などホラー映画を研究しつくされた見事なクオリティの作品といえる。
ボリウッドやトリウッドなどのように年間で300本前後制作される南北に比べて、映画産業がそこまで大きくなく、年間で50本前後という中規模映画産業地域の作品。
当然ながら大スターが出演しているわけでもなく、宣伝費もそれほどかけられていなかったが、インド国内においても「グジャラート語映画でまさかこんな作品が!?」という驚きの声も多く、口コミで広がっていった正真正銘中身で勝負した作品。公開後すぐにヒンディー語版のリメイクが決定したほどの人気作品となった。
ちなみにグジャラート州は新幹線の開通が進められおり、不動産価値が急上昇、経済的に注目されている地域である。同じくグジャラート語映画としては、『エンドロールのつづき』(2021)がアカデミー賞のインド代表に選出されたこともあって、映画産業も注目されはじめているのだ。
他にも「K.G.F」シリーズがヒットしたことで脚光を浴びたカンナダ語映画、東インド・バングラデシュのベンガル語映画におけるホラーの方が、無駄な要素が少なく、直球のホラーという感じがしている。
ドメスティックな部分を活かした地方独特の恐怖を描くという点においては、タイやインドネシアホラーに近い部分もあるが、インドはそれぞれの地域で、それぞれの映画産業が確立されていることからも、様々なジャンルが偏らずに量産されているのは強味と言えそうだ。
大衆をターゲットとしたボリウッドが制作する劇場公開作品となると、ある程度の成績が求められることから、改善されてきていると言っても、どうしてもエンタメ性が強くなってしまう。そのため、恐怖という部分ではかなり薄められてしまう感じがしてならない。
そんなボリウッドホラーも今後さらに変化していくことに期待したいが、インドホラーの発展には地方の存在も欠かせないことは間違いないだろう!!