トレント・レズナーとアッティカス・ロス 映画音楽の歴史を大きく転換させた男たちの冒険


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Text:竹島ルイ
サム・メンデス監督の『エンパイア・オブ・ライト』(2022年)。ルカ・グァダニーノ監督の『ボーンズ アンド オール』(2022年)。ジェフ・ロウ監督の『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』(2023年)。そして、デヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』(2023年)。
今年日本で公開されただけでも、トレント・レズナーとアッティカス・ロスのコンビは4本のサウンドトラックを…しかも、相当クセツヨなフィルムメーカーによる映画のサウンドトラックを手がけてきた。働き方改革の真逆を行くような仕事量である。
今や映画界屈指のコンポーザーとも言える二人だが、その出自はロック・バンドのナイン・インチ・ネイルズであることはご存知の通り。1989年のデビュー以来、彼らは30年以上に渡って第一線で活躍してきた。
ただ正直申し上げると、自分のようなひ弱すぎるミュージック・リスナーにとって、ナイン・インチ・ネイルズはひたすら怖い存在でしかなかった。ドスの効いたギターリフ、ハンマーのように振り下ろされるドラミング、隆々とした上腕二頭筋を見せつけながら歌い上げるトレント・レズナーのヴォーカル。シンセ・ポップにヘヴィ・メタルを融合させたマッシヴなビートに、恐れおののいていたのである。
トレント・レズナーは小さい頃からピアノを弾き、クラシカルな音楽的素養も持ち合わせていた。その資質が、映画音楽というジャンルでも活躍できる一因になったのだろう。実際に彼は、かなり早い時期からサウンドトラックの仕事に取り組んでいる。1994年に公開されたラブ・バイオレンス『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で、オリバー・ストーン監督から選曲を依頼されたのだ。
レナード・コーエンの「Waiting For The Miracle」、パティ・スミスの「Rock N Roll Nigger」、ボブ・ディランの「You Belong To Me」、そして自らトラックを制作したナイン・インチ・ネイルズの「Burn」など。トレント・レズナーは、アメリカ各地で殺人を繰り返すクレイジー・カップルの逃避行にふさわしい、ブルージーで乾いた楽曲たちを並べてみせる。
その手腕に鬼才デヴィッド・リンチが唸り、『ロスト・ハイウェイ』(1997年)でも選曲を担当することに。トレント・レズナーはナイン・インチ・ネイルズとしての活動の傍ら、映画音楽プロデューサーとしての才能も発揮する。
『ソーシャル・ネットワーク』の成功
そこからおよそ10年の時を経て、今度は選曲ではなくスコアの作曲という仕事が舞い込んでくる。その依頼主こそ、デヴィッド・フィンチャー。『セブン』(1995年)、『ファイト・クラブ』(1999年)などチャレンジングな作品を世に放ってきた、ハリウッドの反逆児にしてパンクなフィルムメーカーだ。
トレント・レズナーは、ナイン・インチ・ネイルズとしての活動を一時的に中断せざるを得ないこと、映画音楽の仕事を頭で整理しきれていないことを理由に、一度断りを入れている。だがデヴィッド・フィンチャーは、簡単に諦めるような男ではなかった。猛烈なラブコールに押されて、結局トレント・レズナーは仲間のアッティカス・ロスと共に、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)のスコアに挑むことになる。
従来のようなオーケストレーションではなく、エレクトロニック・ミュージックを前面に押し出したサウンドは斬新だった。特に主人公のマーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)が、大学のコンピュータをハッキングして女子大生の格付けサイトを立ち上げる場面で流れる「IN MOTION」の高揚感は素晴らしい。四つ打ちのダーク・アンビエントに彩られた音像。初めて手がけたスコア作品で、彼らは第83回アカデミー賞・オリジナル作曲賞受賞という快挙を成し遂げる。
ドキュメンタリー映画『すばらしき映画音楽たち』(2016年)で、ミュージシャンのモービーは「斬新な映像と音楽が融合した時、驚異的な相乗効果が生まれるとレズナーたちは証明している」と語り、映画音楽エージェントのエイモス・ニューマンは「彼らがもたらしたのは“美しい混沌”だ」と激賞。そして映画音楽史研究者ジョン・バーリンゲームは「映画音楽の大きな転換と言える」と、歴史的なターニング・ポイントという認識を示している。
彼らのようなバンド出身アーティストが映画のスコアを手がけることは、今や決して珍しいことではない。ザ・バンドのロビー・ロバートソン(『アイリッシュマン』(2019年)、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年))、オインゴ・ボインゴのダニー・エルフマン(『バットマン』(1989年)、『シザーハンズ』(1990年))、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)、『ファントム・スレッド』(2017年))。だがレズナーたちは、非伝統的な手法で映画音楽の世界に革命をもたらしたのだ。
アウトローたちの物語を、音楽で包み込む
以降2人は、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)、『Mank/マンク』(2020年)、そして最新作『ザ・キラー』(2023年)と、デヴィッド・フィンチャー作品全てのスコアを手がけていくことになる。『Mank/マンク』に至っては、これまでのエレクトロニック・ミュージック的なアプローチを封印して、ハリウッド黄金期を彷彿とさせる管弦楽/ビッグバンド・ジャズを提示してみせた。作風に合わせて音楽のスタイルも自由自在に変えることができるのが、トレント・レズナーとアッティカス・ロスのストロング・ポイントでもある。
彼らは作曲するにあたって、できるだけ監督や脚本家のミーティングに参加し、楽曲制作の“ヒント”を探るようにしているのだという。そのヒントから想像を膨らまし、ヴィジョンをイメージして、映画撮影前から作業を始めていく。出来上がった映像素材に合わせて音創りをするのではなく、サウンド・スケッチとして音のコレクションを積み上げていくのだ。
多種多様な音楽を作り出す一方で、彼らの作品を通観してみると、そこには一つのルールがあるように感じられる。それは、“アウトローたちの物語を、音楽で包み込む”という姿勢だ。特にデヴィッド・フィンチャーは、社会からはみ出したアウトローを好んで描く映画作家。『ソーシャル・ネットワーク』のザッカーバーグも、『ドラゴン・タトゥーの女』のリスベット(ルーニー・マーラ)も、『ザ・キラー』の殺人者(マイケル・ファスベンダー)も、世界の片隅で孤独に生きている。
フィンチャー以外の作品も、ほぼアウトローたちの物語。4人のタートルズが身をひそめるように地下で暮らす『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』、孤独な魂を抱えた男女の心の交流を描く『エンパイア・オブ・ライト』、青春の挫折によって人生の歯車が狂っていく『WAVES/ウェイブス』(2019年)。時には和音のレイヤーが重なるドローン、時には重く歪んだノイズ、時には美しいアンビエントで、2人はアウトローたちの内面に入り込んでいく。
特に『ボーンズ アンド オール』は、筆者が繰り返し愛聴しているサウンドトラックの一つだ。生きていくためには人肉を食らうしかない、食人族としての宿命を定められたリー(ティモシー・シャラメ)とマレン(テイラー・ラッセル)。レズナーたちは、若い男女の物語を不穏な電子音楽ではなく、メランコリックなアコースティック・ギターの調べで優しく包み込む。そこには、孤独な2人に寄り添おうとする音がある。その美しくも哀しみを背負った音楽に、思わず涙がこぼれてしまう。
トレント・レズナーと、アッティカス・ロス。映画音楽の歴史を大きく転換させた男たちの冒険は、まだまだ続く。彼らのサウンドトラックに身を浸すことは、映画ファン、そして音楽ファンに与えられた幸せな特権だ。心ゆくまで咀嚼し、味わおう。


