boygenius『the rest』 宇宙に響き渡る、美しき三声ハーモニー


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Text:竹島ルイ
1994年生まれのフィービー・ブリジャーズ、1995年生まれのルーシー・ダカス、1995年生まれのジュリアン・ベイカー。彼女たちは、インディーロック=非商業的なロックというインディペンデントなフィールドで、若くしてその才能を認められたシンガーソングライターだ。まるで塗装されていない荒れ果てた一本道を歩むように、確かな足取りでキャリアを積み上げてきた。
時にはラウドなギター、時には幽玄的なストリングス、時にはざわめく電子音をバックに、彼女たちは耐えがたい孤独や、報われない愛を歌う。パーソナルな想いが込められたその歌は、世界に向けて放射状に眩い光を放つ。その唯一無二な個性に、多くの音楽ファンが心を捕まれ、虜となった。極東の島国でいそいそとSpotifyのプレイボタンをクリックしていた筆者も、もちろんその1人である。
3人はお互いの音楽にリスペクトを表明し、ライヴにゲスト参加したりして友情を深めていった。やがてより深くコラボレーションをしたいという想いから、3人はboygeniusを結成。というバンド名は、「生まれながらに才能を持っている男性の声に、女性は耳を傾けるべきだ」という自信満々な男性コラボレーターとの体験を、強烈な皮肉として名付けたものだ。
2018年にセルフタイトルのEP『Boygenius』を発表し、その後もソロ活動の合間を縫って水面下でプロジェクトを継続。今年の3月には念願の1stアルバム『the record』をリリースし、UKのアルバム・チャートで1位、USでは4位にランクイン。出演したコーチェラのライヴでも最高のパフォーマンスを見せてくれた(もちろん筆者も、目をギンギンにさせてYouTubeでのLIVE放送を拝見させていただきました)。
そしてアルバムのリリースから半年後、「Black Hole」、「Afraid of Heights」、「Voyager」、「Powers」の全4曲入りEP『the rest』をリリース。タイトルを字義通り受け止めれば、“休憩する”=グループとしての活動をいったん小休止して、ソロ活動に専念するということか(もちろん、3人はいつだってこの場所に戻ってくるだろうけど)。彼女たちが作ってきたトラックの“残り”をお裾分け、という意味もかけているのかもしれない。いずれにせよ、ファンにとっては嬉しすぎるサプライズである。
研ぎ澄まされていった“声”の表現
『the rest』を一聴すると、『the record』以上に音が削ぎ落とされ、シンプルなサウンド・プロダクションで構築されていることに気付く。音響系アンビエント・フォークのニュアンスを残しつつ、ペダル・スティールやアコースティック・ギターが奏でるアルペジオが空間を満たし、リスナーの心をゆっくりと解放していく。ビートを刻まないドラムレスを選択することで、まるで海の底をたゆたうような、揺らぎのある音像が生まれた。
そしてこのEPでは、彼女たちの美しい三声ハーモニーがよりフィーチャーされている。60〜70年代に活躍したピーター・ポール&マリーや、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングなど、トラディショナルなフォーク・グループへの接近。M-3「Voyager」に至っては、教会音楽のクワイアのような、ホーリーなニュアンスも感じられる。コラボレーションを重ねれば重ねるほど、楽器が削ぎ落とされて“声”の表現へと研ぎ澄まされていったのだろう。
リリックに目を向けると、Black Hole(ブラックホール)、flight(飛行)、gas(ガス)、moon(月)、alien(異星人)、universe(宇宙)、comet(彗星)、fission(核分裂)というワードが並び、深淵な宇宙が広がっていることに気付く。だが決して、未知の世界への渇望を歌っている訳ではない。そこにあるのは、自分たちが佇んでいる場所が跡形もなく消え去ってしまうような、諦観めいたメランコリアだ。
今朝の見出しにはこう書かれていた/私たちが正しいと考えていたことがすべて破壊されてしまったと
(Black Hole)
彗星の尾が一瞬にして燃え尽きる、物質の破壊/スーパーコライダーには何も見えない
(Powers)
特に、M-1のトラック・タイトルにもなっている“ブラックホール”は、アルバム全体を通底するモチーフと言えるだろう。
漆黒の闇に吸い込まれる
フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダカス、ジュリアン・ベイカーはクィアとして、父権的な社会との軋轢に苦しみ続けてきた。特に保守的なカトリックの環境で生まれ育ったジュリアン・ベイカーは、クリスチャンであることと、クィアであることの葛藤を抱えていた。そこから生まれる機能不全、絶望、孤立、憂愁が、ブラックホール──時間も空間も吸い込む底なしの天体のイメージを生み出し、内面世界と接続したのではないか。
M-2「Afraid of Heights」で歌われるという歌詞も、漆黒の闇に吸い込まれる比喩のようだ。思えば、『the record』の6曲目に収録されていた「Not Strong Enough」にも、ブラックホールは自分自身を破壊する象徴として登場していた。銀河系のどこかで、彼女たちは足場のない空間を彷徨っている。
だが、「Afraid of Heights」のというリリックに象徴されているように、絶望が世界を覆い尽くしている訳ではない。「Voyager」では新世界への飛翔がポジティヴに綴られている。
彼女たちはコーチェラのステージで、「トランスの命は大事だし、トランスの子供たちは大切。私たちは戦う。あなたたちを愛しています」というメッセージを送った。マイノリティに寄り添うこと。マイノリティとして力強く生きていくこと。そのポジティヴな意思が、3人が奏でる音楽にも宿っている。彼女たちはバンド仲間というよりも、同志に近い関係なのかもしれない。ジュリアン・ベイカーのコメントを引用しよう。
「私たちがしている約束は、私の仕事とは違うスケールのものなの。私の人生が勝手に変わったり、吹っ飛んだりすることはないと思う。慣れている場所よりも大きな会場でライヴをやって、家に帰って近所の芝刈りを手伝うことだってできる」
このEPは、ラストを飾る「Powers」の荘厳なブラスで美しく締めくくられる。そのダイナミックな展開は、フィービー・ブリジャーズの代表曲「I Know The End」(アルバム『Punisher』収録)のクライマックスのようだ。全4曲、わずか12分というランニングタイムのなかに、宇宙の終わりと始まりがある。2023年の最後に彼女たちが残してくれた『the rest』を、心ゆくまで咀嚼し、味わおう。


