Sampha『LAHAI』自分を再発見するための孤独な旅路


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Text:竹島ルイ
サンファ(Sampha)のデビューアルバム『Process』(2017年)は、母親を癌で失った哀しみがありありと刻まれた、極めてパーソナルな作品だった。
M-3「Dancing Circles」の「母親には息子が必要だ」、M-4「(No One Knows Me) Like the Piano」の「母の家のピアノのように、誰も僕を知らない」と、リリックには“Mother”というワードが頻出する。M-2「Spirit 2.0」の「血の匂いがする/彼らが私を迎えに来るのが聞こえる」、M-8の「Timmy’s Prayr」の「天国が牢獄なら/私はあなたの囚人」というように、この世のものではないものが彼岸から語りかけてくる」など、この世のものではないものが彼岸から語りかけてくるイメージも、母親の死と重ね合わされたものだろう。
だがサンファは、ドローンやダーク・アンビエントのようなアプローチで、世界を哀しみで塗りたくりはしない。まるで朝靄の森の中から聴こえてくるみたいに、美しいピアノやハープの音色、柔らかなエレクトロニック・ノイズ、しとしとと降りしきる雨を精妙にコラージュして、眩しいくらいにキラキラと光溢れる音像を創り上げた。『Process』は文字通り、哀しみを通して自己を再発見するためのを綴った作品と言える。
そして2023年10月20日、待望のニューアルバム『LAHAI』がリリースされる。デビュー作から2ndまでのスパンが6年というのは長すぎるような気もするが、2020年に発生したパンデミックが全てを狂わせてしまった。「Spirit 2.0」など楽曲はいくつかできていたのだが、ミュージシャンとの作業が物理的にストップ。その年の春に娘が生まれたことで家族中心の生活へとシフトし、ますますスタジオ・ワークが遅れてしまったのである。
シンガーではなくトラックメイカーとしてキャリアをスタートさせた彼にとって、マーケティング的な意味でのキャリアの向上には、それほど関心がないのかもしれない。ケンドリック・ラマー、アリシア・キーズ、トラヴィス・スコットといったトップ・オブ・トップとのコラボレーションを断続的に続けながら、決して性急ではない足取りで、自分自身の音楽を探求していく。6年という年月は、時の流れに身を任せた必然的な結果なのだろう。
父親となった新しい自分を再発見する
photo:Jesse Crankson
母親の喪失を歌った『Process』と同じく、サンファ自身のミドルネームであり、祖父の名前を冠した『LAHAI』もまた、極めてパーソナルな一枚だ。ここには、父親となった新しい自分を再発見する思いが綴られている。
思えばケンドリック・ラマーが昨年リリースした『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022年)も、父親の記憶と自分自身が父になったことの想いがパッキングされたアルバムだった(ジャケットには子供を抱くラマーと、パートナーのホイットニー・アルフォードの姿が写っている)。
「Father Time」というトラックでは父からの影響を赤裸々に語る一方で、「今のあなたにはセラピーが必要よ/俺には必要ない、俺は本物の男なんだ」と、としての加虐性にも向き合っている。このトラックにサンファが参加したことは、自然な流れだった。尊敬するアーティストに客演することで、自分のあるべきサウンドを見据えることができたのかもしれない。
イベイー、イェジ、ユセフ・デイズ、エル・グインチョ、シーラ・モーリス・グレイ(Kokoroko)…。『LAHAI』には、ジャズ、R&B、電子音楽と幅広いジャンルから才能が集結している。前作に増して多層的で、様々なテクスチャーで織り上げられたサウンド。それは、幼少期から愛聴し、文化的アイデンティティーを育んできた音楽を取り込むことで生まれた、必然としてのアウトプットだ。
例えば冒頭を飾るM-1「Stereo Colour Cloud (Shaman’s Dream)」では、激しく打鍵されるピアノの短いフレーズが、ミニマル・ミュージックのようにループしていく。小さい頃に熱心に聴いていたという、スティーヴ・ライヒの影響を感じさせる。高速で複雑なジャングルビートも、サンファが兄弟たちとよく聴いていたジャンルの一つ。そのリズムは、両親のルーツでもある西アフリカ(シエラレオネ)とも共振する。
エレクトロニックとアコースティックのハイブリッド。『Process』から探求してきたサウンドは、2ndアルバムでより高次に進化を遂げ、アルカリイオン水のように優しく耳に馴染んでいく。そこにサンファの美しいテノールが加わることで、世界を豊かでふくよかな形に変える。
エリカ・バドゥのようなネオソウル、ソランジュのようなアンビエントR&Bの文脈に則りつつ、トム・ヨークのような精神性、オヴァルのような実験音楽性も感じさせる、繊細なサウンド・プロダクション。するすると体内に入っていくこの浸透性は、ワン・アンド・オンリーだ。
『かもめのジョナサン』と素粒子物理学
「一対の翼を育て、高く飛ぼう」(M-1『Stereo Color Cloud (Shaman’s Dream)』)、「次の瞬間、僕は大空に漂っていた」、「かもめのように、フリーフォールする雲を捕まえよう」(M-2『Spirit 2.0』)、「今夜、鳥たちが飛び交う中で」(M-3『Dancing Circles」)、「鳥はどこまで高く飛べる?今まで飛ぶことができた?」(M-6『Jonathan L. Seagull』)、「羽のない私たちじゃなきゃいけなかったの?」(M-7『Inclination Compass (Tenderness)』)。
このアルバムには、翼をはためかせて大空を飛ぶことへの渇望として、がモチーフとして登場する。まさしく、サンファはインスピレーションを受けた作品としてリチャード・バックの小説『かもめのジョナサン』を挙げている(原題の『Jonathan Livingston Seagull』はM-6のタイトル曲でもある)。主人公は、かもめのジョナサン・リヴィングストン。雲の突き抜けてその“向こう側”に行こうとしたジョナサンが、群れから追放されてしまい、それでも孤独な旅路の中で自己実現を果たそうとする物語だ。
サンファが、このジョナサンに自分自身を重ね合わせたことは創造に難くない。イギリスを代表する音楽賞のひとつマーキュリー賞を『Process』で受賞した時でさえ、彼の心の中には疎外感と孤独があったことだろう。それを打破するための変容と個性は、彼のクリエイティヴィティーの礎になったに違いない。
そして、「時間と愛のような神秘的な主題」(M-1『Stereo Color Cloud (Shaman’s Dream)』)、「もう時間は意味をなさない」(M-4『Suspended』)、「時間と呼ばれるもの、そう、私はケタ数でそれを追跡する」(M-5『Satellite Business』)など、本作ではも大きなモチーフの一つになっている。サンファは素粒子物理学というテーマにも興味を示し、物理学者ブライアン・コックスの書物を読み漁っていた。M-10「Can’t Go Back」では、フランス語で“タイムマシン”というワードが繰り返され、「戻れない」と時間の不可逆性が歌われる。
一直線に進む時間という気流に乗って、翼を広げ、父親である自分を再発見するまでの旅路が、『LAHAI』には収められている。


