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アイナ・ジ・エンド × 岩井俊二。聖なる声が世界を照らす、『キリエのうた』

2023/10/25 19:30
Takeshima Rui
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岩井俊二の集大成的作品にて、新たなミューズとなったアイナ・ジ・エンド演じる主人公キリエの魅力を紐解く。

Text:竹島ルイ

岩井俊二自ら書いた小説を原作に、松たか子、福山雅治、広瀬すず、森七菜ら豪華キャストが集結した映画『ラストレター』。2020年に劇場でこの作品を観たとき、筆者は「これは岩井俊二の集大成的映画ナリ!」としみじみ感慨に耽ったものだ。

彼の代表作『Love Letter』で用いられていたというアナログなモチーフを、新しい装いで再構築したような、それでいてどこか懐かしいような感覚。『Love Letter』で主演を務めていた中山美穂と豊川悦司のコンビが、サプライズ出演していたこともその印象を強めていた。岩井俊二はこの映画をきっかけにして、新しいフェーズに突入するのではないか?当時筆者は、そんな予感を抱いたものである。

ところが最新作の『キリエのうた』を観て、驚いた。『ラストレター』に輪をかけて、岩井俊二の集大成的な映画だったからだ。舞台となる場所が次々に入れ替わる構成や、過去と現在が交錯する時系列(『Love Letter』、『ラストレター』)、“歌”が世界を照らしていくストーリー(『スワロウテイル』、『リリイ・シュシュのすべて』)、青春の恋(『四月物語』、『花とアリス』)、放浪する主人公(『スワロウテイル』、『リップヴァンウィンクルの花嫁』)、双子のようにそっくりな2人の女性(『Love Letter』、『ラストレター』)、仄かに香る死の匂い(『ヴァンパイア』、『花とアリス殺人事件』)。岩井俊二が過去に描いてきたモチーフが、これでもかというくらいに詰まっている。

クリント・イーストウッドじゃあるまいし、そんなに総決算って連続するものなのか。…いや、監督、脚本、編集、撮影、音楽を全て自分で手がけてしまう、究極のインディペンデント・フィルムメーカーである彼にとって、過去に使ったモチーフをリサイクルして新しい物語を紡ぐことは、むしろ自然な発露なのかもしれない。岩井俊二的な語り口、岩井俊二的な映像、そして岩井俊二的な音楽で構築された、岩井俊二的な物語。それは、映画作家としての圧倒的な強度を示している。

とりあえず、簡単にストーリーを説明しておこう。物語は、路上ミュージシャンのキリエ(アイナ・ジ・エンド)が、イッコ(広瀬すず)と名乗る女性と出会うことから始まる。歌うことでしか声を発することができないキリエの演奏にイッコは感動し、彼女のマネージャーを買って出る。実はイッコとキリエは、帯広の高校の先輩・後輩の間柄だった。2人は、運命共同体のかけがえのない存在に。そして物語は過去と現在を往還しつつ、13年間にわたる壮大なドラマが描かれていく。

岩井映画の新たなミューズ、アイナ・ジ・エンド

キリエ
岩井俊二自身が“音楽映画”と語っているだけあって、『キリエのうた』には七尾旅人、大塚愛、鈴木慶一、石井竜也、安藤裕子(芝居が激ウマ!)といったミュージシャンたちが出演。『ラストレター』に出演していた広瀬すずをはじめ、奥菜恵(『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』)、黒木華(『リップヴァンウィンクルの花嫁』)と、かつて岩井作品のヒロインを務めてきた女優たちが脇を固めているのも面白い。そして本作の新たなミューズとして召喚されたのは、BiSHとしての活動を2023年6月29日に終えたばかりのアイナ・ジ・エンドだ。

インタビューによれば、岩井俊二は某飲料水のCMで初めてアイナ・ジ・エンドの存在を知り、BiSHのライヴを観て衝撃を受けたのだという。プロデューサーから「『スワロウテイル』のような音楽映画を作らないのか?」と言われたことをきっかけに、彼は音楽を中心に据えた新しい企画を模索していた。そのミューズとして、彼女はあまりにも完璧な存在だった。

その歌声は、一度聴いたら脳裏に焼き付いて離れない。彼女は決して技巧に走ることはせず、伸びやかに、しっかりと、言葉を音符の上に乗せていく。絞り出すように、魂の叫びを空気に震わせる。アイナ・ジ・エンドはブロードウェイ・ミュージカル『ジャニス』で、ジャニス・ジョプリン役を演じた経験があるが、荒々しさと瑞々しさが同居した歌唱スタイルは、“伝説のロックスター”そのものだ。

『スワロウテイル』ではYEN TOWN BANDのヴォーカリスト・グリコをChara、『リリイ・シュシュのすべて』ではカリスマ歌手のリリイ・シュシュをSalyuが演じた。岩井映画において歌姫の役割を与えられた者たちは、この世界をエーテルで満たすことができる精霊のような存在でなくてはならない。その説得力を、アイナの歌声は間違いなく持ち得ている。

憐れみの讃歌

本作で特徴的なのは、“名前”。帯広で同じ高校に通っていた小塚路花と広澤真緒里は、キリエとイッコとして東京で再会する。彼女たちにとって本名とは、戸籍謄本に記載されている文字列にすぎない。2人は自分たちの意思で、この世界をサバイヴする通り名を身につけ、大人たちと渡り合っていく。

思えば『リップヴァンウィンクルの花嫁』でも、登場人物たちはリップヴァンウィンクル、クラムボン、カムパネルラというハンドルネームでSNS上のコミュニケーションをはかっていた。『Love Letter』は、同じ藤井樹という名前を持つ男女の高校生の物語だった。岩井俊二の映画において“名前”は、物語を力強く推進させる機能を果たす。

そして『キリエのうた』では、物語における役割をより明確に示す記号として使われる。かつてキリエは、「何も言わん」ことからイワンというあだ名を名付けられていた。ここから連想するのは、文豪トルストイが書いた民話に登場する「イワンのばか」。純朴愚直であるゆえに、世間からは馬鹿にされる男の物語。キリエも、音楽プロデューサーの根岸(北村有起哉)から「ちゃんとしたマネージャーをつけたほうがいい」と忠告を受けるが、イッコへの恩を感じて首を縦には降らない。不寛容で不条理な環境でも、彼女は純朴愚直であり続ける。

そしてキリエ(Kyrie)とはギリシア語のkyriosに由来し、主=神を意味する。つまり彼女は、天上からこの地上に舞い降り、聖なる声で不浄の地を照らす存在。本作は、あるシンガーソングライターの成功への軌跡を描いた作品ではない。純粋な歌の力が世界を変容し得るのかという、途方もなく大きな物語なのだ。

カトリック教会のミサでは、神に憐れみを求める「憐れみの讃歌」という祈りが捧げられる。キリエが歌う『キリエ・憐れみの讃歌』という曲のタイトルは、まさにそこから採られている。「世界はどこにもないよ/だけどいまここを歩くんだ」と歌うアイナ・ジ・エンドは、慈悲深く、いまここにある場所に光を放つ。

彼女はYouTubeチャンネルの「THE FIRST TAKE」で、小林武史によるキーボード(彼はこの作品の作詞・作曲・編曲を務めている)、名越由貴夫によるギターを従えて、このナンバーを披露している。激しい熱唱のあと、彼女は地面に横たわり、そっと目を閉じる。アイナ・ジ・エンドは、「地面に近い暗がりの中/出会ってくれた人々のおかげで/こうやって歌えるようになったんだと、/だから地面に近いところでも歌おうと思いました。」とコメントしているが、それはまるで、マリアが現世の役割を終えて眠りにつくのよう。その神々しい姿に、我々はただ静かに頭を垂れるのみだ。


松村北斗を媒介にした、新海誠との共振

個人的に興味深かったのは、物語で重要な役割を果たす青年・潮見夏彦を、SixTONESの松村北斗が演じていること。東日本大震災で行方不明となった恋人を探し続けている、という役どころだ。松村北斗といえば、やはり昨年公開された新海誠監督の大ヒット・アニメーション映画『すずめの戸締まり』での演技が印象深い。

この作品で彼が演じていたのは、日本各地の扉を閉めることで大地震を未然に防ぐ、若き“閉じ師”役。そしてこの作品でも、東日本大震災が真正面から描かれていた。奇しくも松村北斗は、どちらの作品でも3.11という哀しい記憶に対峙している。

新海誠は以前から岩井俊二の大ファンであることを公言し(『君の名は。』にはスペシャルサンクスとして岩井の名前がクレジットされていた)、岩井俊二もまた新海誠ワークスにリスペクトを表明している。岩井俊二に内在する小さな物語を繋ぎ合わせることで、過去のフィルモグラフィーと共振する『キリエのうた』は、松村北斗を媒介に震災というテーマと接続することで、今現在最も注目を集めるアニメーション作家とも共振しているのだ。

接続=繋がること。それもまた、岩井俊二がフィルモグラフィーの初期から一貫して描いてきたテーマだ。時間と空間を飛び越え、出会うはずのなかった人と人が繋がり、世界を優しく照らす。その淡い光に引き寄せられて、我々は劇場に足を運ぶのだろう。やはり彼は稀代のフィルムメーカーである。

岩井俊二監督 最新作「キリエのうた」作品情報

タイトル:『キリエのうた』
原作・脚本・監督:岩井俊二
音楽:小林武史
企画・プロデュース:紀伊宗之(『孤狼の血』シリーズ『シン・仮面ライダー』『リボルバー・リリー』他
出演者:アイナ・ジ・エンド 松村北斗 黒木華 / 広瀬すず 他
公開:2023年10月13日(金)全国公開
制作:ロックウェルアイズ
配給:東映
コピーライト:C2023 Kyrie Film Band

公式 HP:https://kyrie-movie.com/

リリース情報

DEBUT
2023年10月18日(水)発売
FULL ALBUM / Kyrie『DEBUT』
購入:https://aina.lnk.to/kyrie_debut
配信:https://aina.lnk.to/kyrie_debut_digi

「キリエのうた」サントラ
購入:https://aina.lnk.to/kyrienouta
配信:https://aina.lnk.to/ruka

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