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『哀れなるものたち』はフェミニズム映画なのか?変態監督、ヨルゴス・ランティモスが本当に描こうとしたものを考える

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PHOTO: ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
第96回アカデミー賞では『オッペンハイマー』の次に多い11部門にノミネートされるなど、大きな注目を集める『哀れなるものたち』。「フェミニズム映画」と評されることも多いが、監督が描こうとしたものは何なのだろうか?過去作と比較して考察する。
2024/02/10 21:00
Buffy Yoshikawa
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Text:バフィー吉川

第96回アカデミー賞では『オッペンハイマー』の次に多い11部門にノミネート。特に主演のエマ・ストーンは主演女優賞の最有力とされているほどの体当たり演技で、良くも悪くも、「こんなエマは観たことがない!」と誰もが思うほどインパクトの強い役を演じきっている。

そんな話題作『哀れなるものたち』が1月26日から日本でも公開中だ。

今作の監督を務めたヨルゴス・ランティモスは、『ロブスター』(2015)や『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)など、奇抜な発想に満ちてはいるが、そのなかで人間が常に隠そうとしている醜い部分、いやらしい部分などの本質に迫った、非常に居心地の悪い作品を撮ることで知られている変態監督だ。

しかしこれらは、ヨルゴス作品のブレーンともされていた脚本家、エフティミス・フィリップの作家性が大きく反映されていたともいえる。

ヨルゴス作品以外で脚本を務めた作品、例えば日本で公開されたものでいうと、『PITY ある不幸な男』(2018)なども、普段は口に出さないが、どこかで思っているであろう、“心配されることに快感を見出す”という人間の隠したい感情をネチネチと描いた作品だ。ヨルゴス不在の場合でも、いわゆるヨルゴス作品感がする作品を多く制作していることから、独特な皮肉的視点はエフティミスの影響が強いのかもしれない。

……と思いきや、エフティミスが脚本から離れた『女王陛下のお気に入り』(2018)以降、ヨルゴスも丸くなるかと思えば、また違った路線で人間の醜い部分をとことん描く作家性は全く変わっていなかった。そのことからも、ヨルゴス自身がかなり皮肉的な視点の持主であることが改めて実証されたのだ。

『女王陛下のお気に入り』以降の作品でタッグを組むようになったトニー・マクナマラは、これまたくせ者の脚本家。それでいてドラマ「THE GREAT 〜エカチェリーナの時々真実の物語〜」でもわかる通り、歴史風刺劇が得意でもある。そしてその才能は『女王陛下のお気に入り』でも惜しみなく発揮され、今作でも大きく活かされているといえるだろう。

現代劇を撮るならエフティミス、歴史劇を撮るならトニーと、ヨルゴスは現在も過去も風刺で世界を描くのだ。そして次回作『Kinds of Kindness』ではエフティミスと再タッグを組むというのだから、まだまだクセの強い作品が待機状態。

そんなヨルゴスが、今回はアラスター・グレイ原作作品、つまり初めて小説の映画化に挑んだことになる作品がこの『哀れなるものたち』。プラス要素として小説家、メアリー・シェリーの家族をモデルにしている部分もある作品だ。メアリー・シェリーといえば、『メアリーの総て』(2017)では、エル・ファニングが演じたこともある「フランケンシュタイン」の原作者。

実は今作の映画化を模索し始めたのは、2009年頃から。おそらく『女王陛下のお気に入り』にエマ・ストーンが出演した際には、すでに今作の主演に考えていたのだろう。ちなみに次回作『Kinds of Kindness』もエマが主演となっているなど、ヨルゴスの想像する女性像のトレンドは間違いなくエマなのだ。

■監督が描きたかったことは“フェミニズム”なのか?


今作は、女性の成長と解放をゼロから描いたフェミニズム映画という評価が多いのだが、果たしてそうだろうか。確かにそういった側面はあるため、そこにフェミニズムを見出すのも自然な流れかもしれないし、原作自体もそういった作品だ。ただ、ヨルゴス・ランティモスという監督が、そんなストレートに社会派な作品を撮るのかという疑問が残る。何しろヨルゴスは変態監督なのだから。

表向きとしてフェミニズムに目線を向けさせるカモフラージュであって、描きたいことは他にあり、それはすごくシンプルなことなのではないだろうか。

そこで行き着くのが、ヨルゴスの初期作『籠の中の乙女』(2008)と共通するテーマを描いているということだ。というよりセルフリメイクに近い部分もあると感じている。もしくは同作自体がアラスター・グレイによる『哀れなるものたち』の原作を多少意識していたのかもしれない。

『籠の中の乙女』が何を描いていたかというと、閉鎖された空間のなかで育ち、外の世界を知らない少女たちが、ある日、性に目覚めてしまったらどうなるかという内容なのだ。そして今作の場合も、ベラ(エマ・ストーン)の精神年齢は3~5才程度(明確な描写がないため不明)で性に目覚めることになる。

つまり今作も、子どもの感情のまま無邪気に性に目覚めると人間はどうなるのか、その後の人生にどう影響するのかということを描いている。さらに言えば『籠の中の乙女』の場合は本当に少女だったが、ベラの場合は頭脳が子どもで体が大人という、ちぐはぐな状態。

よく思春期を“心も体も、子どもと大人の間の繊細な時期”と言ったりするが、それが逆行した状態ではどうなるだろうか……。という実験をしているかのような作品にも思えるのだ。

作中でも人体実験をしているキャラクターが登場するが、ヨルゴス自身が映画というフィールドを通して人体実験を常に行っているマッドサイエンティストといえる。子どもを手懐けるように上手く誤魔化していれば、慕って付いてくるのはどれぐらいの年齢までかといった、嫌な、悪趣味な実験もマーク・ラファロ演じるダンカンを通して描いてみせている。

精神と身体のバランスが崩れた人間の性と生、そしてその行き着く先。つまり人間の探求、興味の発端が性から広がっていくという思考をベースに、男女の根本的思考の違いなどを絡めて複雑に交差させているようにも感じられるのだ。

そして『女王陛下のお気に入り』の成功で、“おしゃれ”はカモフラージュに最適だと気づいたのではないだろうか。ヨルゴスは『女王陛下のお気に入り』を制作したことで、多く学んだことがあると思う。それは歴史劇にして美術や衣装などのアートワークで、自分の変態性をカモフラージュでき、それでいて品のある作品に感じさせる効果があるということだ。

実際に今作のCMでも「おしゃれなエマ・ストーン」と謳っている。それが嘘ではないクオリティだし、実際にそうなっているからこそカモフラージュとして完璧なであり、作品自体の視野を広げている。核となる部分はヨルゴスの変態的実験なのに、周りが勝手に拡大解釈して、作品をどうだこうだと語ることこそを、俯瞰で見てあざ笑っているかのようでもある。

■ベラの目に映る世界の歪み

今作はヨルゴス・ランティモスの、どの過去作と比べても圧倒的にビジュアルが独創的であり、アート色の強い作品となっている。ベラは冒険を通して短期間で急成長することから、目線も感覚も子どもから大人へと極端に変化する。

目線の位置も低い部分から見上げたように表現されているシーンが多かった。子どもと大人の見えている世界というのは、同じではない。様々なことを経験していくことで、見え方、見方というのが変化していくはずだ。それが通常とは違う極端なスピードで、しかも極端な刺激を受けながら変化した場合、見えている世界がどう変化していくかを、スチームパンクのようでありながら所々歪んだような世界観で表現してみせている。

『女王陛下のお気に入り』でもここまでのアートセンスは感じられなかっただけに、ついにアート映画の側面を手に入れることに成功したといえるだろう。

■『哀れなるものたち』作品情報

【ストーリー】
物語は、自ら命を絶った不幸な若き女性ベラが、天才外科医ゴッドウィン・バクスターの手によって奇跡的に蘇生することから始まる。蘇ったベラは“世界を自分の目で見たい”という強い欲望に導かれ、放蕩者の弁護士ダンカンの誘いに乗り、壮大な大陸横断の冒険の旅へ出る。貪欲に世界を吸収していくベラは平等と自由を知り、時代の偏見から解き放たれていくのだった……。

【クレジット】
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2023年12月8日
製作年:2023年
製作国:イギリス
原題:Poor Things 原作:「哀れなるものたち」(早川書房刊)
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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