PinkPantheress『Heaven Knows』レビュー:TikTokスターからグローバルポップスターへ! 進化した“ニュー・ノスタルジック”を感じる意欲作


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UKポップミュージックのライジングスターとしてシーンに彗星の如く登場して以来、大躍進を続けているイギリス人シンガーソングライターのPinkPantheressが、待望のデビューアルバム『Heaven Knows』をリリースした。
TikTokでのバイラルヒットや「Boy’s a liar Pt.2」のヒットで注目を集める
PinkPantheressは、90年代に親世代が聴いていたドラムンベースやUKガラージを取り入れながら、独自に再解釈した“ニュー・ノスタルジック”という音楽性を打ち出し、2021年にTikTokに投稿したAdam Fの「Circle」をサンプリングした「Break It Off」や「Just for me」がバイラルヒットしたことで注目を集めたアーティストだ。
2021年のデビューミックステープ『to hell with it』や、BBCが毎年選出する期待の新人リスト「Sound of 2022」で1位を獲得したことで一躍人気アーティストの仲間入りを果たすと、2023年にはジャージークラブを取り入れたアメリカの若手人気ラッパー、Ice Spiceとのコラボ曲「Boy’s a liar Pt. 2」が全米シングルチャートトップ10入りを果たしたほか、YouTubeでのMV再生回数が1億7000回を突破するなど世界的にも大ヒット。その活躍が認められ、大ヒット映画『バービー』のサントラ参加や若手ポップスターのTroye Sivanとのコラボが実現するなど、現在はグローバルポップスターのひとりとして、メインストリームの音楽シーンの最前線で活躍している。
デビューアルバムでより洗練された"ニュー・ノスタルジック"サウンド
そんなPinkPantheressが満を持してリリースしたデビューアルバムでは、自身の掲げる“ニュー・ノスタルジック”サウンドが大きく進化した印象を受ける。先述の『to hell with it』は、TikTokでバイラルヒットした楽曲をまとめた作品のため、10曲を収録するも全体の長さはわずか18分ほど。ほとんどの曲の長さは2分程度、あるいはそれ以下になっており、それらの楽曲は基本的にはサンプリングしたフレーズのループに自身の特徴的な甘いウィスパーボイスのボーカルを乗せるという、まさにベッドルームアーティストらしい、シンプルな構成のものになっていた。
しかし、本作では以前からのコラボレーターで「Boy’s a liar」を手がけたMura Masaに加え、2度のグラミー賞年間最優秀プロデューサー獲得歴を持つGreg Kurstin、PC Musicの看板アーティストでもあるDanny L Harle、ヒップホップ/R&B系プロデューサーのLondon on Da TrackとBnyxといった、いずれも大物アーティストとの仕事で知られるプロデューサーが参加。TikTokを席巻したPinkPantheressの作曲能力を格段に強化する体制が整えられている。
その結果、「Another life」ではゴシック調のオルガンフレーズや歪んだギターソロ、「Ture romance」ではよりインディロック的なオーガニックさ、PinkPantheress史上最長となる3分43秒もの長尺となる「Capable of love」では、The Chemical Brothersを彷彿とさせる壮大なスケール感の展開が加わるなど、PinkPantheressらしいドラムンベースを取り入れた楽曲が、シンプルなループベースの楽曲から格段に音楽的に複雑で洗練されたものへと進化を遂げている。
さらに本作では、ブギーなディスコハウス「The aisle」、UKドリル風スライドベースを取り入れたレフトフィールドなベースミュージック「Bury me」に加え、ローテンポやミッドテンポのブレイクビーツ曲「Ophelia」や「Feel complete」など、多様なスタイルにアプローチ。その中で自身の甘いウィスパーボイスの歌声をよりR&B的に聴かせるなど、果敢に音楽性の拡張に挑戦している。
またこれまで“ニュー・ノスタルジック”サウンドを下支えしてきた特徴的なサンプリングにも変化が見られる。『to hell with it』期の楽曲では、先述したAdam Fの「Circle」以外にCrystal WatersやThe Stone Roses、Linkin Parkといった90年代〜2000年代の楽曲など、まさに親世代が慣れ親しんできた楽曲のサンプリングが目立っていたが、本作ではサンプリング対象となる楽曲の枠も拡張。「Another life」ではK-POPグループ・f(x)の「Ice Cream」(2010年*正確には引用)、「Blue」ではExampleのエレクトロポップ曲「Kickstarts」(2010年)、「The aisle」ではBeneeの「Supalonely」(2019年)、「Feel complete」ではナイジェリアのアフロビーツ系シンガーのOxlade「Ku Lo Sa」(2022年)といった、2010年代から近年にかけてリリースされたニュークラシックな楽曲もサンプリングソースとして選択。サンプリング面でも“ニュー・ノスタルジック”のアップデートが試みられている。
「Boy’s a liar Pt. 2」の続編的な楽曲としても楽しめるアルバムの目玉曲「Nice to meet you」
一方で、イギリスで絶大な人気を誇るラッパーのCentral Ceeとのコラボ曲「Nice to meet you」では、80年代に活躍したニューウェイヴバンドのSpandau Ballet「Gold」(1983年)をサンプリングするなど、わかりやすくノスタルジックさを感じさせるサンプリングも健在だ。ちなみにCentral Ceeは、PinkPantheressがブレイクした2021年にいち早く「Just for me」を自身の楽曲「Obsessed With You」でサンプリングした人物のため、同曲はファンの間でもリリース前から大きな注目が集まっていたアルバムの目玉である。
また「Nice to meet you」はドラムンベース調の曲だが、Central Ceeのラップ前にビートが「Boy’s a liar Pt. 2」と同じジャージクラブに切り替わったり、Central Ceeのバースが“嘘で誤魔化していた浮気が彼女にバレた”という内容になっていたりするなど、「Boy’s a liar Pt. 2」との関連性が見出せる曲になっている。このような要素が意図的に仕込まれているかどうかは定かではないが、「Boy’s a liar Pt. 2」の続編的な楽曲としても楽しめる点はおもしろい。
イギリス音楽が持つ独特の悲しみの感性を纏った世界観
本作を“失うことの哀しみを味わいながらも、孤独の中、平穏でいることについて表現したもの”と語るPinkPantheressは、I-Dのインタビューで「Amy WinehouseやAdele、Lily Allenら同郷のミュージシャンによる感情的なストーリーテラーの曲を聴いて育ったことで、アメリカの音楽を遠い存在に感じる」と述べているほか、「イギリス音楽が持つ独特の悲しみの感性は、アメリカ人には到達できないもの」としている。
その言葉どおり、本作でもそのイギリス人ならでの哀しみの感性は、「The aisle」での自分の恋人に対する複雑な感情や「Mosquito」での安全を維持することへの不安、「Feelings」での人気上昇中のポップスターがインポスター症候群(仕事で成功し、評価をしっかり得られているのにもかかわらず、自分自身を過小評価してしまう心理状態)に陥る可能性といったメランコリックな歌詞と結びついている。そして、その要素がポップな雰囲気を醸し出すトラックと組み合わさることで、キャッチーでありながらもどこかメランコリックなPinkPantheress特有の楽曲を成立させているように感じる。
今年初め、PinkPantheressは現在TikTokを使っておらず、“インターネット・アーティスト”であることに興味はないとBillboardのインタビューで語るなど、そのステージからすでに離れていることを明らかにしている。その意味で本作は、PinkPanthressにとって自身が打ち出したスタイルの根底の部分はキープしつつも、現在のグローバルポップスターとしての道を歩む自分に合わせた、より幅広い層にアプローチできるポップスとしての完成度を高めた作品になっている。また現在の彼女の立ち位置を確認できる指標的な作品とも言えるだろう。
photo:Aidan Zamiri
【リリース情報】

アーティスト:PinkPantheress
シングル:Heaven knows
リリース:2023年11月10日(金)配信スタート
ストリーミング:https://Japan.lnk.to/PPheavenPu




