Joey Bada$$が火をつけた、東海岸 vs. 西海岸の新たなビーフ。その発端と展開を追う

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2023年から2024年に跨いで盛り上がりを見せたDrake(ドレイク)とKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)のビーフ。結果として「Not Like Us」の大ヒットを生み出し、Kendrick Lamarは西海岸のシーンをひとつに束ねるという快挙すらも成し遂げた。それに呼応するように盛り上がる西海岸のシーンだが、それを見て面白みを感じなかったラッパーの1人がブルックリンのラッパー、Joey Bada$$(ジョーイ・バッドアス)だ。
来日経験もあり、日本にもファンの多いJoey Bada$$は、今年に入ってから名指しではないものの西海岸全体を挑発。一時期のDrakeのように、多勢に無勢といった構図でビーフが勃発している。
デビュー作から注目を集めていた実力派ラッパー、Joey Bada$$
まずJoey Bada$$について軽く触れておくと、10代の頃より活動し同じ学校に通う仲間たちとPro Era(プロ・エラ)というクルーを結成。2012年にデビューミックステープ『1999』をリリース。この作品には、J Dilla(J・ディラ)といったヒップホップ黄金期を象徴するプロデューサーのビートも使用され注目を集めた。
2015年には待望のデビューアルバム『B4.Da.$$』をリリース。続く2017年のセカンドアルバム『All-Amerikkkan Bassa$$』では社会的なメッセージも盛り込み、若者の代弁者として幅広いファンを獲得した。
2022年にはアルバム『2000』をリリース。ニューヨークの先輩であるNas(ナズ)や人気シンガーのChris Brown(クリス・ブラウン)といった大御所もフィーチャー。
ブーンバップと形容されがちな彼のラップスタイルだが、ただ単に古き良きものを追い求めているだけでなく、時代と共に進化し続けている。
自ら仕掛けた西海岸とのビーフ
ビーフの話に戻ると、発端は2025年の元日。Joey Bada$$が「The Ruler’s Back」をリリースしたことに始まる。この曲ではKendrick Lamarの勝利(世間的にはそう見られている)によって盛り上がりを見せている西海岸のシーンに対し、「自信過剰だ」と批判した。「バースの話で言えば、どっちが優れているか一目瞭然だ」と挑発するようなラップで東海岸、特にニューヨークラップのスキルの高さを誇示している。
これに対し、最初に反応したのが西海岸のバトルラッパー、Daylyt(デイライト)。「The Ruler’s Back」のリリースから数日経った1月7日に「HYU」をリリース。ニューヨークに愛を唱えながらも、Joey Bada$$に対しては「口には気をつけろ」とレスを送った曲で、ビーフ曲でありながらもソウルフルな仕上がりに、レベルの高さを改めて示す内容となっていた。
翌日8日にはKendrick Lamarも所属していたTDEのラッパー、Ray Vaughn(レイ・ヴォーン)が「Crashout Heritage」でJoey Bada$$にアンサーを送った。曲中は「みんなの知ってるBada$$はBoosieだけだ」と南部の重鎮Boosie Badazz(ブージー・バッドアス)を引き合いに出すなど、ディス曲ならではの言葉遊びも巧みな楽曲に仕上がっている。
1月20日にはJoey Bada$$が「Sorry Not Sorry」をリリースし応戦。ビーフの状況をかつてのThe Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)と2Pac(2パック)になぞらえ、「俺は2人を合わせた存在だ」と豪語するラインが強烈なインパクトを残した。
27日は新たにJoey Bada$$と同じくPro Eraのラッパー、CJ Fly(CJ・フライ)が、「HIYU Freestyle」でビーフに参戦。その後Daylyt、Ray Vaughnが共にさらなるディス曲をリリースし、2月18日にJoey Bada$$「Pardon Me」をリリース。これにより、ビーフは一旦落ち着きを見せたかのように思えた。
ビーフの舞台はメディアへ
数ヶ月の沈黙を破って、再び火がついたのは5月7日。Ray Vaughnがロサンゼルスのラジオ局Power 106で披露したフリースタイルがきっかけだった。人気DJ、Justin Credible(ジャストイン・クレディブル)のコーナーで、最初はスキルフルなフリースタイルを披露していたが、3本目になると「『1999』以来ヒットがないな」とJoey Bada$$をディスした。
さらに5月13日には、Joey Bada$$が日本でも人気の企画「Red Bull Spiral Freestyle」に、Big Sean(ビッグ・ショーン)、そしてなんとRay Vaughnと同じくTDEのラッパー、Ab-Soul(アブ・ソウル)とともに登場。Ab-Soulは「厄介な立場にしてくれたな」としつつも、「これはヒップホップだ」と締めくくるようなラップを披露した。
Joey Bada$$もこれに呼応するように「まず西海岸のことはヘイトしていない」と健全なビーフであることをアピール。その中で『Kendrickが「Control」何を言っていたか、忘れたのか?』と、かつてKendrick Lamarがラップシーン全方位に向けて「愛はあるけどやってやるぜ」と勢いのあるライミングを披露した「Control」を引用。もちろんこのサイファー企画でBig Seanも出演している(「Control」はBig Sean名義の楽曲)ことからのネタ使いだが、流石のスキルだ。
この翌日、5月14日にRay Vaughnが「Hoe Era」とJoey Bada$$の所属するクルーPro Eraを文字ってディス。さらに翌日Joey Bada$$は「The Finals」で、「お前はレーベルの知名度で知られているだけ。次にドロップするのはお前だし、俺がそのREASON(=理由/ラッパー名)だ」とラップ。
このREASONは、昨年TDEから独立したラッパーのREASON(リーズン)をかけたダブルミーニング。その直後、REASONもこのビーフに加わり、「バースの話だと思ったらお前たちの嫉妬だろ」と切り返すディストラック「The Dead Apple」をリリース。
同じ日に7曲も!?
5月19日はリスナーにとってこのビーフを追いかけるのが苦痛になるほどの日となった。まず西海岸のラッパーでKendrick Lamar「peekaboo」にもフィーチャーされているAZ Chike(AZ・チャイク)が「What Would You Do?」で新たに参戦すると、同じ日にDaylytが再び「WRD2MIMVA」をリリース。
しかし今度はCJ Flyに加え、新たにブルックリンのラッパー、Kai Ca$h(カイ・キャッシュ)も参戦。さらにはレジェンドラッパー、Jadakiss(ジェイダキス)の息子であるラッパーのJaeWon(ジェウォン)が立て続けに応戦。そしてJoey Bada$$が「My Town」をリリースした。
最後にこのビーフの主役の1人Ray Vaughnが「Golden Eye」をリリース。この曲ではJoey Bada$$がDiddy(ディディ)と関係があるだろうということや、Ice Spice(アイス・スパイス)、Tekashi 6ix9ne(テカシ・シックスナイン)、Troy Ave(トロイ・エイブ)の名前を挙げて「好き勝手にニューヨークのキングだなんて言わせてる」と、ニューヨークの権威にまで言及。JJoey Bada$$が当初から西海岸全体を相手にしていたことを踏まえると、ここで「King of NY」を巡る主導権争いに展開した流れは非常に興味深い。
翌日20日もDaylytとJoey Bada$$がやり合い、怒涛の応酬が続く中、23日には西海岸のギャングスタ・ラッパー、YGが突如としてビーフに参戦し「Hollywood」をリリース。強烈なディスではないものの、「可愛い女の子はこの曲を聴くし、それにJoey Bada$$は嫉妬するだろうな」と名指しで挑発した。
このビーフは現在も継続中で、5月27日にはAb-Soulが無題の新曲で「Red Bull Spiral Freestyle」以来となる発言を行った。ジャブを入れつつも、「これは競争を元にしたゲームなんだ」と、“ビーフとは何か”について説明。Ab-Soulの動きが遅すぎるという意見もあるようだが、個人的には、ビーフが実際の暴力に発展しないよう、冷静な視点を持ち込むこうした動きには、大きな意味があると感じる。
「Red Bull Spiral Freestyle」の後日、Ab-Soulは「あれを構成したのは俺だよ」とインタビューで答え「ヒップホップは競争ありきなんだ。でも危険な状況になる必要はない。やりあってもまた握手で終わるんだよ」と大人な発言をしている。
Joey Bada$$を発端とした“スキルの競争”とも言えるこのビーフが、今後どのような形で決着するのか注目される。