インドの人気ラップバトル番組、MTV「ハッスル」シーズン3開幕 さらに盛り上がりをみせるヒップホップシーン

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Text:バフィー吉川
6月から新たな出場者オーディションが開催されたインドのラップバトル・リアリティショー、MTV「ハッスル」シーズン3。
前シーズンでは、優勝者のMCスクエアやパラドックス、ウィケッド・サニー、スペクトラ&パンサー、グラヴィティ、NAZZ、そしてスラシュティ・タワデといったヒップホップ・アーティストたちが激しいバトルを展開し話題となった。
シーズン3のオーディション開始を告げるプロモーション曲、その名も「The Hustle Reunion song」では、そんな強者たちが再集結しており、こちらも話題となっている。
特にインド中でアイドル的な人気を博した女性ラッパーのスラシュティは、映画『Blurr』の主題歌「Nishaana」に抜擢。ワーナー・ミュージック・インディアから「Breakfast Over Bae」や「Makeover」といった新曲が複数リリース。さらには非ヒップホップ曲「Dahi Shakkar」もリリースするなど大忙し。
スラシュティの他にも世界規模の音楽イベントへの出演や映画・ドラマの主題歌に採用されるなど、今後も「ハッスル」出身者の活躍は続いていきそうだ。
そんなMTV「ハッスル」が始まったのは2019年。インドのヒップホップと言えば名前が挙がるであろう先駆者ラジャ・クマリ、ラフタール、ニュクリアが審査員として参加したものの、まだまだインドにおけるヒップホップ人口は少なかった。
記事「インドの女性ラッパーが急増中!MTVのラップバトル番組や映画業界がヒップホップシーンに与えた影響を考察」でも紹介したように、それこそ女性ラッパーが活躍できるようになったのは、まだここ3、4年といったところだが、そもそもインドにおけるヒップホップの歴史というのは、それほど古いものではない。
ヒップホップというジャンル自体が確立し始めたのは、デジタル化やグローバル化の流れによって、若い世代が簡単に他国のエンタメにアクセスできるようになったことが要因としては非常に大きく、インターネットの普及と共にあると言っても過言ではないだろう。
『ガリーボーイ』(2019)や『シークレット・スーパースター』(2017)、ケーララ州のジャングル地帯を舞台とした『ジャッリカットゥ 牛の怒り』(2019)の中でもYouTubeは他国のエンタメと繋がり、かつ発信もできるツールとして大きな存在感を示していたし、最近ではTwitterやTikTokも大活躍している。これは映画的な誇張ではなく事実だ。
インドという国はとてつもなく大きく、言語も複数混在している。ひとつの国というよりは、複数の国が合体している思った方が適切かもしれない。そのため地方によってトレンドも文化も全く違う。
ケーブルテレビを通じて、海外アーティストのMVが観られなかったわけではないため、90年代からヒップホップ・アーティストを目指す者がいないわけではないだろうし、もっと言えばアメリカと同じように70年代から扱っていたアーティストがいたかもしれない。ただ、表に出る機会や需要の問題で消えていったり、他国に活躍の場を移したアーティストも多いだろう。
インドにおいてヒップホップがメジャーシーンで活躍できる音楽ジャンルとして確立した、つまり土壌が整ったのは、2010年以降というのが適切だ。
■基礎を作ったバードシャーとヨーヨー・ハニー・シン
■Mafia Mundeer - Dilli Ke Launde ( Yo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikka, Lil Golu)
https://www.youtube.com/watch?v=Y5FuFcp6X1s
細かい動きを全て書くと、とてつもない量の文字数になってしまうため、今回は大まかに説明すると、インドにおけるヒップホップシーンの基礎を作ったと言っても過言ではないのがバードシャーとヨーヨー・ハニー・シンの存在であり、そこに映画業界は切っても切り離せない。
もともとふたりは「Mafia Mundeer」というヒップホップ・グループで2006年にデビューを果たしたが、2012年に一度解散している。ちなみに近年はバードシャーやハニー・シンに続いてインドのラッパーとして有名なイッカやラフタールなども加わり、インドのヒップホップ業界をより一層盛り上げようと活動を強化している。
今ではどちらもボリウッド(ヒンディー語映画)の音楽監督やプレイバックシンガー(映画の歌唱シーンを吹替える歌手)としては欠かせない存在となっているが、先にハニー・シンが映画業界で活躍し始める。
初めて映画関連で関わった作品はパンジャブ語映画『Panjaban -Love Rules Hearts』(2010)であるが、翌年の2011年には『Desi Boyz』の「Subha Hone Na De」で初めてボリウッドで曲が取り入れられた。それに加え音楽監督を務めたパンジャブ語映画『Mirza: The Untold Story』(2012)では俳優デビューを果たしている。
一方バードシャーもハニー・シンに遅れて、アーリヤー・バット、ヴァルン・ダワン主演の『Humpty Sharma Ki Dulhania』(2014)でプレイバックシンガーとしてデビューを果たし、その後音楽監督や楽曲提供者としても注目を集めるようになる。
中でも同じくアーリヤーが主演の『カプール家の家族写真』(2016)の中で使用された「Kar Gayi Chull」は、若者世代やクラブシーンを中心に人気を博した。
この作品自体が若者世代のリアルライフを描いていることもあって、それを象徴する曲としてパーティのシーンで使用されたことが大きな印象を残したといえるだろう。
■映画業界でヒップホップが急遽必要に
アングラ音楽ジャンルの中にいたバードシャーやハニー・シンに需要が見出されたのにはインドの映画業界において、ある大きな動きがあったからだ。
2000年代後半頃になるとプリータムやラフマーン、マイキー・マクレアリー、ヴィシャール・シェカール、ヴィシャール・ミシュラ、アミット・トリヴェディ、サチン=ジガルといった海外を意識したボリウッドのヒットメーカーアーティストたちが断片的にヒップホップ“風”の曲を急速に取り入れ始めた。
2010年以降その流れは一層強くなり、インド映画業界全体、特にボリウッドが新しい風を吹き込もうと、多様な音楽ジャンルをダンスシーンに取り込む動きが活発化したことで、ヒップホップはもちろん、ラテンやテクノ、ファンク、R&Bなどの様々な音楽ジャンルの需要が急激に増した。
本格的なヒップホップ・アーティストがインド映画音楽業界に不在だったこともあり、バードシャーやハニー・シーンが求められるになったのだ。
そもそも、なぜ様々な音楽ジャンルが必要とされるようになったかというと、単純にボリウッドの新しいものに対する探求心というのは前提にあるものの、『カプール家の家族写真』も同様に、都会の若者世代のリアルを描こうとすると、パーティやクラブのシーンがなくてはリアリティがない。そしてそこでは、ピットブルやジェニファー・ロペス、シャキーラ、ビヨンセ、リアーナといった洋楽が欠かせなくなっていたからだ。
しかし洋楽をそのまま使用するには、権利的に使用できないこともあって、それならインドでもそういったジャンルを作っていけば良いという流れになっていったのだ。
そしてさらに言えば、全世代が楽しむ大衆的な作品から、デジタル化、グローバル化に伴い、恋愛に対する価値観や概念、宗教や伝統への向き合い方にまで影響をもたらし変化し始めた若い世代に向けた作品、いわゆるティーンムービーのようなもの。つまりターゲットとなる世代をある程度限定して制作したものも多く誕生したことで、ヒップホップといった高い年齢層には馴染みのないジャンルの曲も取り入れやすい環境となっていったのだ。
それによって、様々なジャンルの音楽が実験的かつ積極的にボリウッド映画のダンスシーンに採用されるようになり、その流れをテルグもタミル、マラヤーラム……も受け入れ、今では当たり前になっている。
その流れを経たことにより、ヒップホップとインディアン・ポップだけではなく、バングラ(パンジャブ民謡)などのインドの古典音楽との相性の良さにも気づくユーザーも増えたことにより、一周回って非映画音楽シーンでもヒップホップが盛り上がるようになっていったのだ。
そこに『ガリーボーイ』のヒットやMTV「ハッスル」などの大きなインパクトが加わったことで、より急速にインドのヒップホップ業界が発展し始めた。劇場映画だけではなく、配信作品も圧倒的に増えたことで、さらに様々なジャンルの音楽が求められる時代に突入している。
目が離せないというか、目を離す隙も与えさせない状態なのだ!!
■氷山の一角中の一角!まだまだいるインドのヒップホップ・アーティストたち
〇イッカ(イッカ・シン)
インド映画音楽においてのヒップホップ・アーティストとしては、ハニー・シンとバードシャーの次に名前を良く聞くのがイッカだ。
エミネムとケンドリック・ラマーをリスペクトしており、デビューは2012年のアルバム「ギャンブラー」。2014年にはリチャ・チャッダ主演映画『Tamanchey』の「In Da Club」でプレイバックシンガーとしてもデビューを果たし、その後アーリヤー・バット、ヴァルン・ダワン主演映画『バドリナートの花嫁』(2017)の「Badri Ki Dulhania」、『Satyameva Jayate』(2018)の「Dilbar Remake」など、多くのインド映画音楽に参加することになり、特に2017~18年にかけて多くの映画音楽に携わっている。
近年は、より多くのアーティストとコラボしており、スリランカの歌手からボリウッドのプレイバックシンガーとなったヨハニとトニー・カッカーとのコラボ曲「Chunari Mein Daag」が3月にリリースされた。
またラフタール、リル・ゴルらによるヒップホップ・ユニット「Black Wall Street Desis」のメンバーとしても知られている。
〇Mellow D
タマンナー主演で日本でも配信中のドラマ『ジー・カルダ ~絡み合う7人の友情~』や『フェイク』『ファミリーマン』などでも音楽を担当しており、Amazonプライムドラマ御用達であるMellow D。
エミネムや50セント、スヌープ・ドッグなどを海外のヒップホップ・アーティストをリスペクトしていながらも、実はインドの古典音楽を大切にしたスタイルが特徴的。
もともと2000年代後半からインディーズで活動していたが、バードシャーやプリータム、映画監督のカラン・ジョーハルなどが審査員として参加したタレント発掘番組「Dil Hai Hindustani」への出演。番組で注目されたことがきっかけで一般的に知られるよった。
スークリティ、プラークリティ・カッカーとのコラボ「Mafiyaan」や「Hum Tum」、カニカ・カプールとのコラボ「Roll Roll」などといった、様々アーティストとのコラボでも人気を博しているが、プレイバックシンガー、音楽監督としても活躍している。
ちなみに2020年には「サヨナラ」という日本語タイトルの曲をリリースした。
〇アンタナム・スリニヴァサン・アイヤー(EPR Iyer)
最近、とにかく明るい安村が出演したことで話題にもなったイギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴッド・タレント」の姉妹番組「インディアズ・ゴット・タレント」の出場者であり、「ハッスル」シーズン1の準優勝者。
さらにサリッシュ・クマール、アディル・ラシードらによって結成されたオルタナティブ・ロックバンド「アンダーグラウンド・オーサリティ」のリードボーカルとしても知られている。政治色が強い反資本主義の重圧な歌詞も特徴的だ。
またネパール、スリランカ、インド、パキスタン、バングラデシュのアーティストを含むヒップホップ・アーティスト・コミュニティ「Insignia Rap Combat」のメンバーとしての顔ももっているが、左耳に障害を抱える苦労人でもある。
2021年にリリースした「Koi Gham Nahi」では、現在インドで人気急上昇中の日本アニメ『NARUTO』のセリフが引用されており、独特の世界観が展開されている。
〇イルファナ
「2 Pills」や「Program」、「Southside Menace」など、刺激的な曲をリリースしてきたアーティスト、イルファナ。
そんなイルファナは先日、「ファウンド・アウト・オフィシャル」からヒップホップレーベル「デフ・ジャム・インディア」に移籍したタミル·ナードゥ州コダイカナル出身で R&Bの香りも漂わせる女性ラッパー。
「デフ・ジャム・インディア」との契約後、その第1弾となる「Sheila Silk」がリリースされ、南インドのヒップホップ界に風穴を開ける存在になろうとしている。
それに加え6月30日にリリースされた、T-ペインやメガデス、イモージェン・ヒープなど錚々たるアーティストとのコラボでも注目をあびるゼイン・カルカッタワラことブリー・ベインブリッジの新曲「One Me」にも同じくムンバイを拠点に活躍する女性ラッパーのトリキア・グレース・アンと共に参加し、その存在感を示している。