A・R・ラフマーンによる、インドからグローバルアーティストを発掘・育成するプロジェクト「NEXA Music」はインド音楽の歴史を変えるのか?!

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Text:バフィー吉川
ゴールデングローブ賞、クリティック・チョイス賞などに続き、第95回アカデミー賞においてインド映画『RRR』(2022)の「ナートゥ・ナートゥ」がLady Gaga(レディー・ガガ)やRihanna(リアーナ)といった強豪がいる中で歌曲賞を受賞した。特にアカデミー賞の歌曲賞の場合は、音楽に精通する関係者内で投票が行われていることもあるだけに、多少はドメスティックな部分がネタとして評価されたのもあるかもしれないが、インド映画どうこうよりも純粋に音楽として評価されたという方が大きいだろう。
『RRR』単独での快挙という声もあるが、それは少し違っており、すでに映画も含め、インドエンタメが世界的に評価される土壌があったからこそであり、それは突然そうなったというわけではない。
2010年以降、インドエンタメを世界に向けて発信する動きが活発になり始め、浮き沈みや新型コロナもあった中でも積み重ねた功績あったからこそであり、現在アメリカでは大小限らなければ2週間に1本のペースでインド映画が劇場公開されている。だからこそ『RRR』や『Pathaan』などもインド映画好きでなくても、一般的に多くの人が観て評価されるという環境が整っているのだ。
インド映画での歌曲賞というのは『RRR』が初めてだが、過去には第81回『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)の「Jai ho」でインド映画音楽の巨匠A・R・ラフマーンが受賞している。同作の場合はダニー・ボイルが監督したイギリス映画ではあるが、舞台はインドということもあって、ラフマーンはインド音楽として「Jai Ho」を手掛けている。また同曲はThe Pussycat Dolls(プッシーキャット・ドールズ)とのコラボバージョンとして「Jai Ho (You Are My Destiny)」も発表されたこともあり、世界音楽シーンにインド音楽が入るという異例の事態となった。つまりインド音楽が世界的に評価されるきっかけを作った人物ともいえるのだ。
その証拠として、第83回アカデミー賞においても『127時間』(2010)の「If I Rise」でノミネートされている他、『ピープル・ライク・アス』(2012)や『カセットテープ・ダイアリーズ』(2019)といった、インド映画ではない多くの作品でも曲を手掛けていることからも、その才能が世界中から求められていることがわかる。
そしてそれだけではなく、並行してインド国内においても世界に通用するハイクオリティでグローバルな曲を多く手掛けてきた巨匠中の巨匠、A・R・ラフマーンがまたしてもインド音楽業界を揺るがすプロジェクトを始動させた……。
A・R・ラフマーンが本気で世界を狙いに行く!! 「NEXA Music」
A・R・ラフマーンが2019年に、「NEXA Music」というインド国内から世界に通用するグローバル・アーティストを発掘・育成を目的としたプロジェクトを発表した。
インドには「インディアン・アイドル」や「ポップスターズ」、「ザ・ステージ」などのオーディション、タレント発掘番組が多く存在している。そういったものの類似プロジェクトかと思うかもしれないが、「NEXA Music」が他のオーディションと違うのは、すでにインディーズとして活躍していて、インドの地方に散らばっているアーティストたちを対象としたもので、さらに条件として英語の曲が歌えることとなっていること。
つまり「NEXA Music」というプロジェクトは、インド国内から多くの英語アーティストを発掘・育成して本格的にデビューさせるものとなっており、素人ではなく、もともとがプロやセミプロを対象とした即戦力プロジェクトであることから、他のオーディションよりも圧倒的にハードルが高いのだ。
それは、「インディアン・アイドル」の出場者が毎シーズン数十万単位で集まる中で「NEXA Music」の場合は1000人前後という数字にも表れており、素人や少し音楽をかじっている程度では出場が難しい。
他のオーディション番組との違いは一目瞭然で、トップ24に選ばれた段階でプロアーティスト同士のバトルになっており、当たりはずれがほとんどない。だからこそ最後の4組まで絞るのは、非常に理不尽とも思えてしまう。
それに加えてヘッドライナー・アーティストとしてアヌシュカ・マンチャンダ、ニキル・デソウザ、モニカ・ドグラ、ビアンカ・ゴメスなどの、すでに知名度の高いベテランアーティストも多く所属しており、フレッシュ&ベテランのダブル体制で、インド国内だけではなく世界中で活躍できるグローバル・アーティストとしてプロデュースしていくことを目的としているのだ。
意気込みだけあっても実力が伴わなければ意味がないと思うかもしれないが、単純に「NEXA Music」のアーティストの楽曲のどれもが、世界に通用するものとなっており、その他にも記事「世界基準のアーティストが続々登場。古めかしいイメージなどぶっ飛ぶインド音楽の“今”を知ろう!」で紹介した通り、Z世代から多くの英語アーティストが生まれ続けている。
その一方で『RRR』の「ナートゥ・ナートゥ」のようなおもいっきりドメスティックなものもあるなど、インド音楽といっても様々なアプローチの音楽があって、それぞれが一気に世界市場に向かおうとしている。
あのローリング・ストーン誌も注目するプロジェクトとして「NEXA Music」を取り上げているほどで、数年以内に世界的なインド音楽バブルが起こると予想できる。
シーズン2からは“洋楽感”の立役者マイキー・マクレアリーも参加!
シーズン2からは、新たに作曲家としてマイキー・マクレアリーを引き入れている。マイキー・マクレアリーが作曲家として参加することで、本気で世界を狙いに行っていると感じずにはいられない。
シーズン2のプロモーションMVとしても公開された「Rollercoaster」では、マイキーが宇宙人のように描かれており、この演出自体がインド音楽業界における黒船ともいえるマイキーを迎え入れたことのメタファーともなっているのだ。
マイキーはもともとニュージーランドで活動していたシンガーソングライターであったが、2000年代後半よりムンバイを拠点に多くの映画音楽を手掛けてきており、ラフマーンやバードシャー、プリータムなどと並び、ボリウッド(ヒンディー語映画)やコリウッド(タミル語語映画)のダンスシーン、歌唱シーンなどに、いわゆる“洋楽感”をもたらした立役者のひとりでもある。
近年はドラマ「Four More Shots Please!」や『マスカ ~夢と幸せの味~』(2020)、『Saakini Daakini』(2022)などでもフルイングリッシュの楽曲を多く手掛ける。
また一方で東野圭吾の『ブルータスの心臓』を原作としたNetflix映画『愛しのモニカ』(2022)の中の楽曲「Yeh Ek Zindagi」は、1971年のインド映画『キャラバン』の中で使用されたアシャ・ボスレ「Piya Tu Ab To Aaja」からインスパイアされたものとなっており、レトロ感を醸しだしていながらも現代的な要素も上手く取り込んでいて、新しいものばかりを取り込もうという姿勢ではなく、古典的なインド音楽へのリスペクトも忘れておらず、ラフマーンに通じる感性を持っていることがわかる。
「NEXA Music」注目のアーティスト
★シメトリ
シーズン1の勝者。
シムラン、リア・デュガルの姉妹デュオ。「NEXA Music」の勝者となったことで、知名度は爆上がり状態で、ディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』(2021)のヒンディー語吹替えに抜擢された。
「Nexa Music」として制作されたメジャーデビュー曲「Different Kind of Love」は、インドでは珍しいアイドル路線であり、Olivia Rodrigo(オリヴィア・ロドリゴ)やCamila Cabello(カミラ・カベロ)、Ariana Grande(アリアナ・グランデ)、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)などを彷彿とさせるものとなっており、インディーズ時代よりもポップ感が増しているのは、ラフマーンが手掛けたという決定的証拠ともいえる。
特にリアの方は、『CASH』(2021)のプレイバックシンガーとしても活躍し、インド映画史上、記録的ヒットとなった『Pathaan』の「Jim’s Theme」ではコーラスを務めている他、2023年3月にはアローズとのコラボ「Another Avenue」もリリースされた。
★ニサ・シェッティ
シーズン1の勝者。
10代の頃から舞台女優として活動しており、ディズニーのミュージカル舞台「美女と野獣」ではバベット(アニメ版でフィフィにあたるキャラクター)を演じている。28歳の頃からボリウッド女優を目指すようになり、短編やCMなどに出演しながら、並行して音楽活動も行っていた。
オーディション番組「ザ・ステージ」のシーズン3ではトップ10になったものの惜しくも脱落してしまったが、音楽も諦めず、YouTube配信やバーなどで歌ったりと、地道な活動をしていたところ「NEXA Music」がきっかけで一躍有名となった。
「NEXA Music」からリリースされた「Let You Go」の他にも、「Six in the Morning」や「Maahi Mereya」といった曲をリリースしている。
また2022年には、タイガー・シュロフ主演映画『Heropanti2』の「Miss Hairan」でプレイバックシンガーとしてデビューも果たした。
★アヌシュカ・マンチャンダ
オーディション出場者ではなく、ヘッドライナー・アーティスト枠。
2000年代前半に活動していたガールズポップグループ「Viva!」の元メンバーであり、危険なスタントをこなしていくリアリティ番組「Fear Factor: Khatron Ke Khiladi」の優勝者という変わった経歴の持主である。
2004年にタミル映画(コリウッド)『Manmadhan』の「Oh Mahirae」でプレイバックシンガーとしてデビューを果たし、『ABCD2』(2015)や『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』(2009)といった作品の楽曲にも参加している。『エンドロールのつづき』(2021)のパン・ナリン監督作『怒れる女神』(2015)では楽曲に参加しながらも主役のひとりを演じた。
「Viva!」解散後は、プレイバックシンガーとしての活躍の方がメインとなっていたため、「NEXA Music」からリリースされた「Queen Of My Castle」で本格的に歌手活動が再開された。
★ショーポリス
オーディション出場者ではなく、ヘッドライナー・アーティスト枠。
2015年にプレイバックシンガーのビアンカ・ゴメスと同じくプレイバックシンガーであり、インド初のコンテンポラリーポップミュージシャンでもあるクリントン・セレーホによって結成されたポップデュオ「ショーポリス」。
ビアンカとクリントンは、それぞれが様々な音楽ジャンルを網羅したアーティストでもあっただけに、「ショーポリス」の誕生は、インド音楽界の中でも衝撃的な出来事であったといえる。
最近は「ショーポリス」自体がプレイバックシンガーユニットとしても機能しており、『Do Baaraa』(2022)では「ショーポリス」として参加していることから、すっかりこのコンビが定着している。
「NEXA Music」からリリースされた「Whatcha Doin' To Me?」も「ショーポリス」とは名乗っていないながらも(シーズン2からは名乗り始めた)、ビアンカとクリントンのコンビとなっている。
2023年3月30日には新曲「You Got Me Good」もリリースされた。
シーズン2 TOP4
★ガイア・ミーラ
★インガ
★ハヌ・ディキシット
★スネップ・A・ジャミール
シーズン2勝者はガイア・ミーラ、インガ、ハヌ・ディキシット、スネップ・A・ジャミールの4人に決定した。この4人は、これからラフマーンやマイキーによってグローバル・アーティストとして形成されていくことになる。
前シーズンの勝者や所属するアーティストも含め、今後も「NEXA Music」から目が離せない!!