モーリー、ニュージーランド銃乱射事件を受けて感じた、断罪するだけでなく向き合うことの必要性を語る。

モーリー・ロバートソンがニュージーランドの銃乱射事件を語る。断罪するだけで社会は良くなるのか?
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2019.03.28 09:30

毎週木曜日夜9時、block.fmで生配信中される、国際ジャーナリストでDJのモーリー・ロバートソンさんの番組『Morley Robertson Show』。今回の番組ではピエール瀧さんの逮捕とニュージーランド、クライストチャーチのモスクで起きた銃乱射事件の裏にある人間の本質について話していました。



毎週モーリー・ロバートソンのラジオが聴ける番組は、こちらをチェック。


「Morley Robertson Show」


生配信:毎週木曜夜 21:00 - 22:30



モーリー:こんばんは。モーリー・ロバートソンです。みなさん、1週間いかがお過ごしでしたか? 東京は桜の開花宣言が出てどんどんと夜も暖かくなりつつありますよ。南から暖気、そして北側、日本海側からは寒気が押し寄せているんですけども、次第に三寒四温。これが暖かい方へと向かっている、そんな気配が見え見えであります。


今日から僕も以前よりは薄着で通勤……いろんなテレビ局に行ったり来たりしているわけなんですが、この1週間ですね、あれからピエール瀧さんにまつわる報道がいろいろと出がらしになった後で、ソニーミュージックレコーズが電気グルーヴも含めて店頭回収。オンラインの配信も停止みたいに、非常に強めのコンプライアンスに出たわけですね。


そしてNHKの大河ドラマ『いだてん』もピエール瀧さんを外して撮影しなおしで、別の俳優をもう決めたって言ったのかな? ということで、ピエール瀧さんがいろんな形で間接的な電気グルーヴのメンバーとしてだけでも、関連したものは全部表から消すっていう中で、『麻雀放浪記2020』だけは公開をしますっていうことが最新のニュースなんですけども。


もう言ってみれば、メディアとしてこれ以上報道することがないので。ひたすらピエール瀧さんの人格で「20年前から大麻やコカインをやっていたんじゃないのか」とか「そういえばこういう性癖があった」「こういう時に大きな声を出して周りが驚いた」とか、そういう人格、ゴシップに向けるしかなくなっていて。結局、その麻薬とは何なのか。世の中で人々のアディクティブ、依存症とはどこから生まれるのかとか、なぜそもそも気持ちいいのかとか、そこらへんは全く解明されず。何て言うんだろうな? まあ一種の藁人形を火あぶりにして。


つまり、ピエールさんの実態や、ピエール瀧の中から見た世界観というのは誰も解説しないまま、そして議論されないままですね、その「踏み外した芸能人」というテンプレートにピエール瀧さんの名前がくっつけられているだけだと。そしてピエールさんをエンガチョする。彼をメディアから消す。人前から「ピエール瀧」の名を言ってはならないっていう感じにすることで、その呪文で当面のこの問題を解決して、先送りできるっていう、そういう村祭りをやってる気がするんですよね。





ところが私の中では非常に奥深いところで、いろんなものが繋がっていて。たとえばこの日本でちょっと平和な大騒ぎ、から騒ぎをしていた裏で、とても深刻な事件が起きたんですね。ニュージーランド南部のクライストチャーチで、犯罪率もとても低い町で、28歳の白人至上主義を唱えていた男性がモスクに行って銃乱射をした結果、合計で50人を殺害してしまいました。


そして殺害をしている時に、彼はヘルメットの上にGoPro式のカメラを乗せて、それを実況していたんですけれども。その実況していた20分あまりの動画がしばらくは検索で引っかかりました。で、それを結局FacebookもGoogleも、もっと早くそういう時は対処して消すべきなんだっていうことがその後の課題になったんですけども。本当に乱射が起きて数時間後っていうのはまだまだ検索できたので、私は新幹線に乗っていたんですけれども。


音を聞いてしまうとなんかヤバすぎるんで、音は聞かずにサイレントでその射殺をしている動画を最初から最後まで見たんですね。で、よっぽどヤバかったらいつでもポーズを押せるようにしていたんですけども、不思議ですね、音がないとある意味、見れちゃったんですね。それで、こうやって倒れてる人たちを、もう1回車まで銃を取りに帰って、その自動小銃を持って倒れてる人たちのところに行って1人ひとり丁寧に1、2発ずつ撃ち込んでいくんですよ。だから本当に確実に殺害していることを確認しながらやっているという妙な冷徹な計画性みたいなものが見れたり。


要は全部が一言で言うとサイコパスの仕業ではあるんですけれども。どうしてこんなことをするのか。そしてその人の視点から、殺害を今やっている人の視点から見る。だからこれが自分の中で妙な繋がり、シンクロニシティーみたいになったんですけれども。ピエール瀧さんがコカインをやってる時、大麻をやってる時のその「やる」っていう……単純にね、やらないと体の気分が悪いっていうんだったら別だけど、どこか精神性もあるわけですよね。


たとえば、じゃあ仮にですね、「俺は若い頃はやんちゃしまくっていた。いまは歳を取ってみんなに好かれるピエール瀧になった」と。これ、まあ僕の話、物語にも重なるんだけどね。「そんな時に初心に帰ってアンダーグラウンドに帰りたいっていうような時に、ちょっとヤバいものを体に入れるとヤバさを思い出せるぜ!」っていう風になっているのか、それともそれとは別に何かがあるのかとか、そういう内側から、いわゆる悪いことをしている人。ルールから外れた犯罪を犯してる人、殺害をしてる人。その中の視点から見るっていうことを、本当に公序良俗のお利口側に立ちたい人っていうのはそこまで想像力が及ばないんですね。





で、それはもしかしたら安全装置なのかもしれない。たとえば薬物をやってる人、あるいは大量虐殺を楽しみながらやってる人。で、この楽しみながらやっていた方の虐殺した人はですね、犯人はあの2ちゃんねる式の8chanとか4chanっていう掲示板がアメリカにあるんですが。あとはRedditっていうフロートスレッド形式の匿名掲示板があるんですけども。そこはいずれも「White Supremacist」って呼ばれる白人至上主義者の巣窟、ネオナチの巣窟になってるんですね。


で、そこでいろんなネタがあるわけですよ。かつての、ずっと前の2ちゃんねるでもそういうネタがあったんですけれども。何て言えばいいんだろう? つまり、そういう反ユダヤ主義とか反ムスリムとかレイシズムですよね。白人至上主義を唱えることがスレスレでそれをジョーク、あるいはコピーできるミームにした場合。たとえば「OK」という手つきをして、それを下に向けるとですね、よく見るとそのOKの指の三本指が「W」。そしてOKの「O」を下向きにすると、伸びた方の指と一緒になって「P」の文字になる。で、WとPで「White Power(WP)」っていう意味になったりするとか。そういうミームがあるわけ。


で、これをそういう8chanの中でみんなでジョークみたいな、ネタとしてやり取りする。その笑いにはいっぱいツボがあるんですけども、そういうスレッドもネタを殺害犯、ニュージーランドで乱射した人はですね、ずっとその実況してるんですよ。そういうネタを言ったりしながら。だから「スレッドのみんな、見てる?」っていうことで、いわばニコ生で身内向けのインサイダージョークを言ってるような感じで娯楽化した殺害をしている。


そしてどうも撃っている視点が『フォートナイト』っていうゲーム。私はやったことがないんですけども。そのゲームの視点に似てるっていうことで、「これ、『フォートナイト』にヒントを得ているんじゃないか?」っていう説なんかもあったりするんですよね。あともうひとつは、本当にそういうアメリカとか英語圏、あるいはヨーロッパ。日本以外の人たちがみんな知っているYouTuberでほぼ世界ナンバーワンのYouTuber、PewDiePieっていう人がいるんですけども。この人はもう不謹慎ジョーク、反ユダヤジョークも全部やる人なんですよね。


まあ、言ってみれば『サウスパーク』を超えたどぎついえげつない人なんですが、彼、殺害犯は「みんな、PewDiePieに登録しよう!」とかって言いながらブワーッて撃っているんですよ。だから全部を、本当に自分の目の前にいっぱい人が死んでいて、子供も殺害しているのに、そこでいろんなスレッド向けのネタを言ってるんですね。で、それを「もうなんていう鬼畜なんだ。人間ですらない!」っていう風に断罪するのは楽なんですけれども、そこで私がどうしてもコカインと結びつけちゃったのは、その人間の脳の奥には残酷さも含めて、快楽中枢があるんですね。


で、しかもその快楽に目覚めてしまうと、アディクティブ。依存性がある。それで我々はその社会の安全弁。法律や文明ってなんであるんだ?っていうと、殺し合わないようにするためにあるわけですよね。言ってみれば。「万人の万人に対する闘争」をやらないために法秩序というものがあるわけですけども。その法秩序という安全弁が外された時……ドラッグでもいいし、極端な過激な思想でもいいんですけれど、そういうものが外れた時に我々は自分の中になんて言うか、虎のようなものを飼っていて。綱をつけないでその虎の子を出しちゃっているわけですよね。


で、時々、アメリカのフロリダなんかで大金持ちがヒョウとかジャガーみたいなのを赤ちゃんの状態で飼って、鎖をつけて散歩させているんですよ。たぶん法律違反なんだけども、平然とお金持ちがやっていて。ある日突然、それがなんか取れましたってなって、1歳ぐらいの子供の虎とかがそこにいる子供の頸動脈にバッと噛み付いて、瞬間で秒殺したとか。あとは寝ている間に……起きている間、ずっとジャレていた赤ちゃんの時から飼っていた虎とかヒョウがご主人様のクビをガッて噛んで殺害しちゃうとか。時々、事件になるんですよ。





日本はまあ、まずないな。空気の支配する社会なんで。でもあっちはそういうのがある。それでね、そこともなんか自分の中では繋がるんですけども、要は我々の中にはそういうものがあって。「その邪悪なものを外に出して遊びたい」っていう欲求があるんですね。とこが、それをルールだけで蓋をしてると、いつか何かの拍子にその蓋が取れちゃったりする。あるいは、さらなるその蓋を、それでも奥深く押し込めようっていう自衛本能っていうのかな? 社会の外に行きたくないっていう恐怖感で、もしかしたらいろんなその神経性の疾患というのはそこから生まれるっていう道筋もあると思うんですよ。


だから先天性の疾患もあるんだけれども、先天性じゃなくて、我々の中で「いや、ここはやっちゃダメでしょう」っていうところで、その欲求に勝とうとしてですね。「ダメ。ゼッタイ。」って言って自分を押さえているうちに、今度は檻のから飛び出さないようにしていたのが、いつしか「檻の中の小さな半径から出ると怖い」ってことになって、最後はその檻が外された後もその小さな半径から出てこなくなるっていう風に、なんか自分の魂も体もですね、行動半径がちっちゃくなって萎縮して。


で、結局その想像上のルール……法律とかルールとか公序良俗、あるいは「ピエール瀧さんの出ている映画を子供が見たらどうするんですか?」「電気グルーヴを子供が聞いてマリファナが吸いたくなったらどうなるんですか?」とかそういう小さなルールの中に萎縮して暮らしてるっていうことになるんですよ。だから、道筋が両極端に……双極性をそこに見てるんだけども。片方では、とってもせせこましく、なんか他人にルールを守らせることに満足感を得るプチブル的というか、セコい庶民的な、自分より人が幸せになるのが許せないっていう、そういう生き方があるわけですよね。で、そこで得られる感動っていうのはとっても小さな、本当にもファストフード的なものしかない。コンビニの味しかしない感動があるわけですよ。でも「感動をありがとう!」だったり、カラオケで泣けるくらい、それぐらいは行ける。


それで結局30歳、40歳、50歳、60歳……でいいの?っていうクエスチョンがひとつあるわけ。で、そのクエスチョンから逃げるようにして生きるから「ルールだ! ルールだ!」って言い続ける。もうその無限ループだと思うんですね。で、もう片方には、じゃあ何か日頃の日常から逸脱するドラッグであったり、考えてはいけないことだったり、危険思想だったり。あるいはシュールな文学とか、フランス文学でもいいです。あるいは、かつて20年前は同性愛はタブーだったんですけども、その頃にこっそり同性愛の漫画を見てたり、エロを見てたりとか。そういうその性癖とか。何でもいいです。自分の中の解き放たれたいかもしれないものを開発してしまうこと。


あるいは危険なドラッグに「1回だけ」って手を出して、面白かったから2回、3回とやる。こういう冒険をするということはですね、結局掛け金が外れて行って、最終的に鬼畜になる可能性があるんですね。ですからクスリをやった人は耐性に個人差、個体差があるので、1回だけのケタミンとかコカインでもうダメ、廃人まっしぐらになる人もいるかもしれないし、逆に肝臓や膵臓が強かったんで、「あれ? 効かないな、効かないな。おっ、効いた! うーん、でももう1回。うん、うん。これ、いけるよ。いまからドラマの仕事に行ってくるんで。1回、プシュッ! 入れとくわ!」みたいな。で、終わったら「よし、おつかれさん! プシュッ、はい、おやすみー!」みたいなね。


そうやってきっちりできたりする人もいたりするっていう。だから本当に違っているんだけども、それってロシアンルーレットなわけですよ。本当に……だって、違法なドラッグっていうのはそもそも純度もわからないし、薬局で売ってるわけじゃないから、誰も責任を持たないものがそこにある。特にMDMAの「タマ」って呼ばれるやつなんかはその錠剤を口に入れた途端、何が入っているのかもわからないんですよ。


もしかしたら猫いらず(殺鼠剤)が入ってるかもしれない。だからそういうこと、ロシアンルーレットなのもわかっていて、「でも友達がやってたし……」みたいにすごいIQの低いバカっぽいレベルでやっちゃうわけだよ。そのロシアンルーレット、銃口を自分のこめかみに当ててカチッてやって。その時の喜び。『ディア・ハンター』っていう映画でそういうの、出てくんですけどね。


なんかね、それをやっちまう人間性っていうのはあると思うのね。だから結局、我々人間という存在は文明の中で生きていく上で、きっちりとルールを守る。だけど悪いこと、おいたもしたくなる。ここなんですよ。片方では貞淑なハズバンド、ワイフ。片方では体を売ってお金をもらうくらい淫売な人みたいなね。その双極性の間は我は揺れ動く存在なんだなって思うんですね。だからどっちかをなきものにしてしまうと、やっぱり寂しい。陰と陽ですよ。両方あって、そこに存在する。これから日本に4月以降、改正出入国管理法でしたっけ。要は移民政策ですよね。


外国人は入ってくる。「いらないんだ。外国人はそんなにいなくても、日本はオートメーションでうまく行くんだ!」って言い張っている外国人嫌いの人はいる。でも外国人は来るんですよ。「ドラッグはダメだ!」って言ってる。でも、ドラッグはある。あなたの半径10メートル以内に、誰かが何かのドラッグを持ってる。認めようよ!っていうことなんですよね。





そして原発。さっきですね、ちょっと昼間お散歩をしていたら、渋谷界隈で久しぶりに反原発デモにすれ違ってですね、不意打ちで耳栓を持っていなかったんで。電話かなんかをしてたのかな? そしたらね、通りがかったそのデモのスピーカーでものすごいデカい、「うおおーっ! 安倍政権はっ!」とかって両手の人さし指を耳に突っ込んじゃって「ヤベえ!」って思いました。


でもよく考えたら、「ああ、この人たちは俺のことを原発側だと思っている人たちだ」って思ったんですよ。ほとんどが高齢者だったけどね。それで、だから別にどんなに「嫌だ!」って言っても、原発はあるわけだし。再稼働はまもなく行われるわけだし。その電気を、原発反対のWEBサイトを作ってる人が……結局、原発の電気は使うんですよ。太陽光だけじゃまかなえないから。だから、あるわけじゃない? そのあるものと向き合おうよっていう話なわけですよ。


ところが、その「向き合おう」っていうことですら、「いや、ダメなんだ!」っていうことになる人が相当にいて、そこにある種の社会の……まあ、より丁寧な言葉で言えないので言ってしまいますけど、クルクルパーが生まれると思うんですね。だから何が正気なのかって言うと、「生と死の間に自分がいる」っていうことをきっちり見つめて、死の影を恐れず。食べている肉だって命をもらってるわけだし。いつか自分が魔王様に食べられるんだっていう自覚を持っていたら謙虚に命をいただけるわけで。


日本語で「いただきます」っていうのは、そういうことなんじゃないかなと思ってるわけですよ。と言って、まあ中立を装いながら、今日はTwitterでも先ほど申しましたけども。高温域を強調した、いろんな涼しいもの体に入れてると、とっても気持ちよく聞こえそうな曲を選んでまいりいました。今夜も『Morley Robertson Show』、最後までお試しください! ウエーイ! 人間は建前があって、本音がある。寅さんが大事。ケース・バイ・ケース! 


Ran-D『Zombie』



番組情報

 「Morley Robertson Show」

https://block.fm/radios/28

生配信:毎週木曜夜 21:00 - 22:30


モーリーのアンテナがキャッチする波動は、ひと味違う。あなた自身が住んでいる「不思議の国」を味わってほしい。気が付いたら、地球防衛軍に入隊していたとしても、不思議ではない。ここでは毎日が入隊記念日。いろいろな旅をする人のための時間。いっとき、モーリーの視点から世界をのぞいてみてください。


written by みやーんZZ



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