性差別と性暴力への強烈なカウンター。Halsey「Nightmare」に込められたメッセージとは

Halseyが5月にリリースした「Nightmare」の楽曲とMVを紐解き、アメリカが抱える性暴力・性差別問題を考える。
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2019.06.05 06:00

2018年10月に「Without Me」を発売したHalsey(ホールジー)。billboardチャートで1位を獲得するヒットを記録して以来、ソロとして7ヵ月ぶりに新しいシングル「Nightmare」をリリースした。女性へのエンパワーメントとメッセージを含んだ楽曲を紐解く。





シニカルなメッセージと強烈なヴィジュアル。新たな女性像を切り拓くHalseyの「Nightmare」を聴く


5月17日にリリース、MVが公開された「Nightmare」。楽曲をプロデュースしたのはHalseyとかねてより親交のあるチルベースの旗手Cashmere Cat(カシミア・キャット)をはじめ、benny blanco(ベニー・ブランコ)やHappy Perez(ハッピー・ペレッツ)だ。


Happy PerezはHalseyのヒットナンバー「Now or Never」をプロデュースしており、Camila Cabello(カミラ・カベロ)やAriana Grande(アリアナ・グランデ)の楽曲プロデュースにも携わっている。


そんな豪華な面々とともに作りあげた「Nightmare」はノイズで歪みまくったギターが響くエモ・トラップな楽曲だ。MVに登場するのは全員女性。モデル/女優のCara Delevingne(カーラ・デルヴィーニュ)や『名探偵ポケモン』にも出演したSuki Waterhouse(スキ・ウォーターハウス)らが出演している。


MVを監督したのはAriana Grandeの「thank u, next」「7 rings」、Marshmello(マシュメロ)の「Friends」を手がけた、女性監督Hannah Lux Davis(ハナー・ラックス・デイビス)。楽曲のコンセプトを基に、女性の抱える問題、葛藤、そして立ち上がる強き女性像を映像化した。




かわいい笑顔も、セクシーな身体も、男のモノではない


前述の通り「Nightmare」は性差別、性暴力に対するアンチテーゼだ。男に対して笑顔を振りまきセクシーに振る舞わなければならないという、世の中に蔓延した男性的目線の女性像に対して「No」を突きつける。


イントロからフックがワンコーラス入り、直後トラックは4分の1小節、無音になりボーカルのみに。その瞬間の極端な静と動の振り幅が対照的で、夢から覚めて現実に引き戻されたかのようにハッとする。


冒頭のフックがアタマに焼き付いていることで、1ヴァース終わりのフックではデジャヴのような感覚に陥る(MVで映像とともに観るとなおさら)。そして、フックの後はイントロ同様に音が抜かれ、ギターの残響の上にコーラスを展開する変化を加えて2ヴァース目に突入。徐々にテンションをあげてクライマックスへと向かっていく展開は、抑圧から解放されていくようなカタルシスが味わえる楽曲構成だ。


海外では、道端で卑猥な言葉や挑発的な言葉を投げかけることを「キャットコール」というが(簡単に言うと、下品なナンパ)、そのキャットコールをリリックに取り入れ、フック前のコーラスではこんなやりとりが含まれている。


"Come on, little lady, give us a smile"

なあ、俺たちに笑顔を見せてくれよ


No, I ain't got nothin' to smile about

嫌よ 笑顔なんて持ちあわせちゃいないわ


この曲を物語るアイコニックな一節だ。フックでは


I, I keep a record of the wreckage in my life

私は今までの人生の残骸を記録して


I gotta recognize the weapon in my mind

自分の心には武器がある事を知ったの


とHalseyの過去の経験からくるリアルな心情が歌われている。


I've trusted lies and trusted men

私は嘘を信じ、男を信じてきた


Broke down and put myself back together again

壊れてしまった だけどもう一度元通りにするわ


Stared in the mirror and punched it to shatters

鏡を見つめて 拳で粉々に砕いた


Collected the pieces and picked out a dagger

そのかけらを集めてナイフをつかみとる


かつて信じていた人に傷付けられ悲しみを背負った過去の経験があるからこそ、Halseyは自分のように立ち上がり強く生きてほしいという願いを楽曲に込めている。タイトル「Nightmare」が表す、悪夢のような抑圧からの解放をHalseyは叫んでいるのだ。





Halseyの今までと最近


ここで少し、Halseyについておさらいをしておこう。Halseyについて僕がちゃんと認識したのは2016年の大ヒットEDMチューン、The Chain Smokers(ザ・チェイン・スモーカーズ)の「Closer」だった。


メンバーのAndrew Taggart(アンドリュー・タガート)とともにデュエットする透き通るような声が印象的な楽曲。初めてThe Chain Smokersメンバーが自身の楽曲を歌った楽曲でAndrewの声もすごくイケメンで良かったのだけれど、この曲のヒットはやはりHalseyあってこそだ。


再会した旧知の元恋人同士、という設定の男女のやりとりがキーとなっている。性別問わず、切なくてわかりみの深い元カレ元カノあるあるがリスナーの共感を呼んだ。




Halseyは2015年にデビューアルバム『BADLANDS』をリリースして全米アルバムチャートに2位をマーク。その後「Closer」の世界的なヒットで、日本でも知名度が一気に広がったように思う。




2017年には2ndアルバム『hopeless fountain kingdom』をリリースし、アルバムチャート全米1位を獲得。Skrillex(スクリレックス)やDiplo(ディプロ)といったベースシーンの顔役たちとの交流としつつ、2018年は虐待的で破滅的な恋愛を歌った大ヒットシングル「Without Me」がリリースされシングルチャート1位を獲得した。




「Without Me」のMVでは恋人役にラッパー G-EASY(G・イージー)とそっくりの俳優が起用され、ファンの憶測が飛び交うことになったのを覚えている人も多いだろう。交際と破局を繰り返したHalseyとG-EASYの関係性がMVのストーリーに全く関係ないということはないだろうと推測される。


リアルな辛い体験を音楽に落とし込むHalseyに、Rihannaの「We Found Love ft.Calvin Harris」がダブって見えた。両者は過去に悲痛な経験をしている。そこから立ち直り、アーティストとして、ポップアイコンとして自身を表現し続けている。だからこそ女性の痛みに寄り添い導いていくオピニオンリーダーとして、男性に左右されず自分らしく美しく生きるロールモデルとして支持されているのだ。




時間は少し戻って2016年。すでにアメリカではソールドアウトの人気を誇った彼女だったが、同年行われた初来日ライヴはガラガラだったということをRolling Stone Japan誌のインタビューで語っている。


そのときの悔しい感情がバネになっていると話す彼女は、2018年10月の来日単独公演の成功を経て2019年は3月に「Tokyo Girls Collection」のライヴや、日本テレビの情報番組「スッキリ」にも出演。本国とは時差がありつつも、Halseyの日本での人気ももはや盤石だ。


そして、4月に発売されたBTS(防弾少年団)の「Boy With Luv」にフィーチャリングとして参加。このMVは「24時間でもっとも再生されたMV」など3つのギネス記録を打ち立てる大ヒットに。5月にニューヨークで行われたBTSのトークショーにもサプライズ出演し、彼らとのパフォーマンスが話題となった。






Halseyの抱える傷と、アメリカに蔓延る性差別と性暴力


アーティストとして世界中を席巻しているHalseyだが、もとよりフェミニストとして女性やLGBTQコミュニティをサポートしており、自身もバイセクシャルであることをオープンにしている。


2018年1月20日にニューヨークで行われた、トランプ大統領に対する大規模抗議デモ「Women's March(女性たちの大行進)」にも参加。過去の悲痛な体験を観衆の前で告白した。


Halseyは演壇に立ち、「A Story Like Mine」というオリジナルの詩を朗読。自身が7、8歳の頃に受けた性的虐待、14歳のとき友人がアフタースクールプログラム(日本でいう学童保育的な支援プログラム。共働きの家庭で、家に親がいない子供が学校が終わったあとに通う)職員の男性からレイプされてしまい、一緒にプランド・ペアレントフッド(人工妊娠中絶処置、避妊薬処方、性病治療など医療サービスを提供するNGO)へ行ったこと、2012年には当時交際していた恋人から性的暴行を受けたことなど、今まで受けてきた深い傷がそこには綴られていた。




性差別、性暴力被害を受ける女性たちのためにHalseyは自身が体験してきた傷を明かし、デモ参加者を鼓舞したのだ。そんな女性たちの悲痛な叫びとは裏腹に、今年5月アメリカ・アラバマ州では胎児の心音が確認されてからの堕胎、妊娠中絶を禁止する法案(ハートビート法案)が可決されたことが大きな論争を呼んでいる。


これは、望まぬ妊娠をした場合の中絶も禁止するということ。つまりはレイプなどの性犯罪によって妊娠してしまっても中絶という選択肢を選ぶことは許されない。女性にとってはまさに悪夢のような法案だ。この法案を可決した議員がみな、年配の白人男性だったということも問題視されている。


システムも法案の中身もあまりに前時代的で理不尽といわざるをえないこの中絶禁止法に、Rihanna(リアーナ)、Lady Gaga(レディ・ガガ)、Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)といったアーティストや女優、モデルなどが次々とSNSやメディアで発言。また、「わたしたちの身体をあなたたちの思い通りにはさせない」「わたしたちは女性であって、子宮ではない」と、女性たちが声を挙げるデモがアメリカ全土に広がっている。




「見て。こいつらがアメリカの女性に対する決定を下した馬鹿どもよ。知事のKay Ivey、恥を知れ!!!! 」

(RihannaのInstagramより)


しかしアラバマ州と同様、キリスト教保守派の影響力が強いアメリカ南部、ミシシッピ州、ジョージア州などでは次々とこの法案が可決されている。このことから、依然としてアメリカの性差別や人種・宗教問題は大きな影響力をもって存在していることが浮き彫りになった。現在、微妙な差異はあれど人工中絶を厳しく規制する州法案が可決された州は、南部を中心に11州にものぼっている。


そんな中リリースされた「Nightmare」は、女性たちを悪夢から開放するためのHalseyのメッセージが詰まった作品だ。MVのワンシーンで、スーツを身に纏い新聞を広げて踊るシーンがあるが、そこには新聞に印字されている「IT’S OUR TURN」という文字が印象的に映し出される。「今度は私たちのターン」というメッセージとともに、スーツ姿に新聞という男性社会へのメタ的な風刺を取り入れているのだ。その隣の印刷面には


No, I won't smile, but I'll show you my teeth

嫌 笑顔は見せない だけど、あなたにはわたしの歯を見せる※


という2ヴァース目の歌詞が印字されている気の利きよう。他にもMVには男性優位社会に対するシニカルなメタファーがふんだんに盛り込まれている。「Nightmare」のMVと楽曲から、日本のリスナーはどのような感想を抱くだろうか。

※「Nightmare」のアートワークでは指で口を広げ、歯を見せて舌を出し、相手をバカにするようなポーズをしている。歯を見せる=明らかな敵意、憎しみを示しており、日本語でいうと“牙を剥く”ニュアンスにも近いと思われる。


新しい元号の時代を迎えた日本でもなお、立場的、身体的な弱者に対する目を覆いたくなるような事件が後を絶たない。課題は山積みだが、自分と違う立場の人であっても尊重し合える感性を持った社会になってほしいと僕は願う。


「Women's March」の壇上でHalseyが読み上げた詩の最後はこうだ。


There is work to be done

There are songs to be sung

Lord knows there's a war to be won


やるべきことがあります

歌うべき歌があります

主(神)は勝つべき戦争があることを知っています


Halseyがステレオタイプのポップスターではないことは「Nightmare」のMVを観てもらえれば一目瞭然だ。両親の影響でパンクとヒップホップを聴いて育まれたという彼女は、ポップアーティストの枠組み、ジャンルにとらわれないアナーキーな音楽性と個性、それらを調和させて“Halsey”という唯一無二の音楽を鳴らす。


アーティストの人間性と作品は関係あるか否かという論争がSNS上で熱を帯びることがあるが、Halseyの音楽を含めたオープンマインドな姿勢に、人々は惹きつけられ耳を傾ける。


「Nightmare」はHalseyから前時代的な男性優位社会へ投げ込まれた、火炎瓶さながらに燃えさかる宣戦布告だ。“ハードコア”な“ポップスター”。相反するパーソナリティを内包し、融合させて人々の前に立つHalseyは戦い続ける。勝利宣言をするその日まで。




written by Tomohisa“Tomy”Mochizuki


source:https://genius.com/Halsey-nightmare-lyrics

https://www.rollingstone.com/music/music-features/halsey-nightmare-song-838427/

https://www.billboard.com/articles/columns/pop/8095257/halsey-womens-march-speech-poem-a-story-like-mine-video

https://www.rollingstone.com/music/music-features/inside-halseys-troubled-past-chaotic-present-97968/

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-47940659

https://www.independent.co.uk/life-style/women/us-abortion-ban-law-rihanna-billie-eilish-sophie-turner-lady-gaga-a8942006.html

https://www.billboard.com/articles/news/bts/8512675/bts-surprise-visit-halsey-iheartradio-live-event


photo:Halsey YouTube




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