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Big Thiefのヴォーカル、Adrianne Lenkerの新アルバムは家族と仲間、自然の中で育まれた、至高のアンビエントフォークが響く

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PHOTO: Adrianne Lenker Facebook
USインディ・シーンを代表するバンド、Big Thiefのヴォーカル、Adrianne Lenker(エイドリアン・レンカー)のニューアルバム『Bright Future』がリリースされた。最新作は、少ない音数でサウンドスケープの豊かなアルバムで、音、歌声、メロディどれもが美しい。至高のアンビエントフォークが響く、Adrianne Lenkerの傑作をレビューする。
2024/04/30 20:00
Takeshima Rui
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Text:竹島ルイ

見渡す限りの荒野。地平線の向こうに、ゆっくり日が沈んでいく。やがて夜の帳が下りてきて、闇が世界を覆い尽くす。冷たさを含んだ空気が頬をなでる。コヨーテの鳴き声が聞こえてくる。たった独り世界のかすかなざわめきを感じながら、満天の夜空を見上げる。手の平にこぼれ落ちてきそうなくらい、煌々と光る大きな星々。

あるいは、木漏れ日が降り注ぐ森のなか。少し冷たい小川に身を浸し、そよそよと木々を揺らす風を感じながら、仰向けで水に浮かぶ。まるで、自分と地球が一体化したかのような感覚。五感で世界を感じる。太陽の光が祝福する。遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。心が満たされていく。

USインディーシーンの重要バンド、Big Thiefのヴォーカルを務めるAdrianne Lenker(エイドリアン・レンカー)。彼女の最新アルバム『Bright Future』からは、風景が見えてくる。基本的な音のパレットは、ギター、ピアノ、ヴァイオリン、そして歌声だけだが、そのサウンドスケープはとても豊かだ。ひとつひとつのトラックが我々の想像力を喚起させる、極めて美しい作品である。

USインディーを牽引する、Big Thiefのフロントパーソン

フォーク・ロックの潮流を牽引するミュージシャン、Adrianne Lenker。ミネソタ州ミネアポリス生まれ。幼少時はジャズ・ギタリストのPat Metheny(パット・メセニー)を聴いて育ち、音楽好きだった父からギターの手解きを受けたという。

8歳で曲を書き始め、14歳でアルバム・デビュー。若くしてその才能を世界に知らしめた。やがて、ニューヨークで知り合ったBuck Meek(バック・ミーク)らとBig Thief(ビッグ・シーフ)を結成し、これまでにアルバムを5枚リリース。2019年に発表した『U.F.O.F.』がグラミー賞にノミネートされ、一躍USインディ・シーンを代表する存在に。

バンド活動が多忙を極める一方で、彼女はソロ活動も並行して続けてきた。発表したアルバムはこれまでに6枚。彼女はミュージシャンとしておよそ20年間、とてつもない速度で疾走してきたのである。尋常ならざるパワーで、精力的にライヴを重ねながら。

『Bright Future』のジャケットには、カウボーイ・ハットを被ったAdrianne Lenkerの姿が写っているが、ツアーで全米を飛び回る彼女の姿は、まさしくフロンティアを求めてさすらう西部開拓時代のカウボーイのようだ。

ノット・テクノロジーなレコーディング

都会の喧騒から離れた静かな空間で、彼女は小さな物語をアウトプットし続けてきた。パンデミックが世界を覆った2020年にリリースした2枚のソロ・アルバム『Songs』と『Instrumentals』は、ニューイングランドの人里離れた山小屋でレコーディングされた。そして今回の『Bright Future』は、森の中に佇む隠れ家のようなスタジオで録音されている。

スタジオに招かれたのは、ごく少数の仲間たち。共同プロデューサーでエンジニアも兼任するPhilip Weinrobe(フィリップ・ワインローブ)、シンガー・ソングライターのNICK HAKIM(ニック・ハキム)、ギタリストのMat Davidson(マット・デビッドソン)、ヴァイオリニストのJosefin Runsteen(ジョセフィン・ランスティーン)。

彼らはヘッドホンをつけることもなく、他のプレイヤーが奏でる音に耳を傾けながら、ただ演奏に没頭した。時には楽器を置いて、ただ語り合うだけのこともあったという。お互いを慈しむ、親密な時間。彼女はこう語る。

「必要であれば、サウンドチェックを欠席して、木の下に座って4時間話すこともありました。私たちはお互いにセラピストなのです」
https://www.theguardian.com/music/2024/mar/17/big-thief-adrianne-lenker-bright-future-solo-album-interview

音源はテープに録音され、アナログ・コンソールでミックス。アセテートと呼ばれるレコード盤に刻み込むという、徹底したアナログ手法が採られている。耳をそばたててみると、アルバムのオープニングを飾る「Real House」には、オープンリールデッキのような「ガチャ、ガチャ」という音が聴こえてくる。

何も足さず、何も引かない。マイクに集音されたマテリアルが、そのまま閉じ込められたような音響設計。ワインローブは、「このレコードを制作している間、一度もコンピューターの画面を見たことがない」と語っている。ノット・テクノロジーという指針によって、暖色系の温もりのある音が生まれている。

トラディショナルでありながらエクスペリメンタルな音像

Joni Mitchell(ジョニ・ミッチェル)やNeil Young(ニール・ヤング)へのリスペクトを公言している彼女が紡ぐ音楽は、古き良きフォーク・ソング。だがトラディショナルをベースにしながらも、音像は非常にエクスペリメンタルだ。

その手触りは、音響系ポスト・ロックに接近した、アンビエント・フォーク。アコースティック・ギターが奏でる柔らかなアルペジオが、まるでミニマル・ミュージックのような陶酔性をもって、ピアノやヴァイオリンと絡み合い、音楽的宇宙を創り上げている。

M-6「Vampire Empire」では、パーカッションが小刻みにリズムをつくっているが(この曲は、Big Thief(ビッグ・シーフ)として発表したナンバーをセルフ・カバーしたもの)、ほぼ全編に渡ってドラムレスなサウンド。ビートに規定されないことで、波間をゆらゆらと漂うような、不定形な空間が広がっている。その気持ちよさ、心地よさは、至高のアンビエンスだ。

インディー・ロックバンドの大御所といえば、The National(ザ・ナショナル)の名前が挙がるだろう。四半世紀にわたってコンテンポラリー・フォークを歌い続けてきた彼らの音楽も、エレクトロニカや現代音楽と密接に結びついて、音響系のサウンドを鳴らしてきた。坂本龍一、Alva Noto(アルヴァ・ノト)というバキバキの電子音楽家がサウンドトラックを手がけた『レヴェナント: 蘇えりし者』に、メンバーのBryce Dessner(ブライス・デスナー)も参画していることが、その証左だ。

Adrianne Lenkerもまた、The Nationalに近いアプローチでフォークを再構築する。その音像は、エレクトロニック・ミュージック・ラバーをも虜にしてしまう。

力強くも慎ましやかな歌声

『Bright Future』のオープニングを飾るナンバーは、「Real House」。静謐なピアノが世界を少しだけ震わせて、やがてかすれたようなヴァイオリンの音色が折り重なっていく、幻想的な一曲。ホットでもなく、クールでもない体温で、Adrianne Lenkerは死について歌う。

続くM-2「Sadness As A Gift」では、親しみを感じさせるカントリー・フォークの調べをストリングスが柔らかく包み込む。M-3「Fool」は幾十にも重ね合わされたギターとコーラスが、リバーブの利いた音響空間で溶けていく。そして、ハートウォーミングなM-5「Free Treasure」や、ほのかな聖性を感じさせるM-7「Evol」。それらを経て、“君がやって来ると私はダメになる”というリリックがリフレインするバラード「ruined」で、アルバムは優しく閉じられる。

全体を通じて彼女の歌声はとても力強いが、同時にとても慎ましやかだ。溢れる感情を内に秘め、決して大仰には叫ばない。前作『Instrumentals』は文字通りインストゥルメンタルのアルバムだったが、Adrianne Lenkerは自身の声も、音楽をかたちづくるひとつの要素として認識しているのかもしれない。

「Fool」と「ruined」のミュージック・ビデオを監督しているのは、彼女の弟、noah。彼女の家族や愛犬と一緒に戯れたり、日光浴や水浴びを楽しんだり、まるでプライベート・フィルムのような、リラックスした雰囲気が伝わってくる。そしてそこには、雪に覆われた林や、小川や、山々がある。彼女の歌は、家族と仲間と自然のなかで育まれたものだ。

音楽を通じてその記憶に触れられるからこそ、様々な風景が見えてくる。作り手にとっても、そして聴き手にとっても、これ以上幸せなことはない。

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