映画『WAVES』レビュー|タイラーとエミリーの物語を雄弁に語る楽曲の連鎖

【bfm映画部】セリフやモノローグを代弁する重要な役割を果たす劇中歌から、印象的な楽曲をピックアップ。楽曲同士の繋がりにも注目したい。
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2020.08.12 09:00

Written by Tomohisa Mochizuki


『ムーンライト』『レディ・バード』など話題作を次々と発表するスタジオ・A24による最新映画『WAVES』。本作はFrank OceanやKendrick Lamarといった豪華アーティストの楽曲が全編を通して重要な役割を果たす「プレイリスト・ムービー」だ。31曲にも及ぶ音楽による演出が心理描写を一層際立たせ、観る者の心に強い印象を残す。






『WAVES』レビュー。タイラー、エミリー、そしてシュルツ監督のパーソナル・プレイリストが射す、一筋の光


主人公のタイラーはリア充高校生。家庭も裕福そうだし、レスリング部に所属していて、チアリーダーのアレクシスが彼女である。一見すると羨ましい限り。しかしタイラーは厳格なお父さんとちょっとギクシャクしてしまっている。タイラーは肩の怪我によってレスリングを離れることを余儀なくされてしまう。物静かな妹のエミリーと、タイラーを優しく見守る継母との4人暮らしの生活は、どこにでもありそうなありふれたものだったが、怪我に悩まされ、彼女ともうまくいかないタイラーは決定的な事件を起こしてしまう。この出来事によって一家の置かれた状況は一変。それぞれが感じていたほんのわずかな違和感は後悔となって日常に重くのしかかっていく。過去へを嘆きながら、現実と向き合う群像劇である。


物語の軸となる兄妹、タイラー、エミリーのプレイリストをシェアしているかのような本作は、音楽監督トレント・レズナー&アッティカス・ロスによるオリジナルスコアとアーティストの楽曲によって彩られている。登場人物たちの言葉の代弁も兼ねているかのような数々の楽曲は物語に連動していることはもちろん、楽曲同士の流れや関連性も感じられる構成だ。個人的にその繋がりを強く感じた、本編の印象的な楽曲を2曲1セットにして紹介したい。


「FloriDada」/Animal Collective &「Be Above It」/Tame Impala


冒頭のタイトルが出るシーンでは舞台となるフロリダにちなんだAnimal Collectiveの「FroriDada」が使われている。Animal Collectiveは後半の印象的なシーンでも物語の中に登場し、本作のキーとなるアーティストの一組である(どのアーティストのどの楽曲も重要であることに変わりはないが)。


「FroriDada」から続くTame Impalaの「Be Above It」も同様。後半に繋がっていく「転」と冒頭の「起」を橋渡しする楽曲となっている。


作中2度登場し、1度目の「Be Above It」はタイラーの充実した生活のシーンが映し出され、楽曲のイントロ、高揚していくメロディとリズムがアグレッシブな印象を抱かせている。スポーツ特待生で運動神経抜群、ルックスもよくチアリーダーの彼女も美人。一連のシーンでタイラーがエリート育ちの自信家であり、プライドが高そうなヤツだなと感じ取れるわけだが、間違いなくスクールカーストにおけるヒエラルキーの頂点に君臨していると言っていいだろう。


しかし、別の場面では「Be Above It(Erol Alkan Rework)」とともに全く違う印象を映像とともに突きつけている。リズムとビートが強調されており、無機質で不穏だ。


この演出についてシュルツ監督は「タイラーが元いたところからどれだけ転落してしまったかを表している」とオフィシャルパンフレットにてコメントしている。



「LVL」/A$AP Rocky &「Backseat Freestyle」/Kendrick Lamar


本作はRAPの持つエモーショナルなパワー、感情の波が映画とリンクし際立って聴こえてくる。タイラーの身に起きた不穏な出来事でトラックとともに流れるのはA$AP Rocky「LVL」である。エレクトリックなトラックと、肩の怪我の検査のため病院を訪れたタイラーが入るMRIの動きが連動するような描写は、不安な心境を如実に顕している。


その後悪い知らせを決定付け、動揺するタイラーが映される際、音楽監督トレント・レズナー&アッティカス・ロスによるオリジナルスコア「Bad News」が使われるのだが、この2人、ご存じNine Inch Nailsのオリジナルメンバーであり、デヴィッド・フィンチャー監督「ソーシャル・ネットワーク」、「ドラゴンタトゥーの女」、「ゴーン・ガール」といった作品でも音楽監督を務める。アーティスト楽曲だけでなく、オリジナルスコアも素晴らしかったことを言及しておきたい。


そして傷付いたタイラーの痛々しい心境を表す楽曲がKendrick Lamarの「Backseat Freestyle」である。Kendrick Lamarがティーンのころに立ち返ってその感情をむき出しにした楽曲を、劇中のタイラーがラップし吐き出させることで、タイラーの歪んだ心模様を露わにしている。



「Focus」/H.E.R.&「Pretty Little Birds(Isaiah Rashad)」/SZA


タイラーとその恋人アレクシス、タイラーの妹であるエミリーとエミリーに思いを寄せるルーク。このカップルの関係性のコントラストが物語の軸になっている。それぞれのカップルの心情を表す楽曲として、この2曲が特に印象的。


恋人アレクシスとどう接するべきか戸惑いつつも「俺の目を見てくれ」と、半ば懇願するようなタイラー。崩れかかっている愛情を、間一髪繋ぎ止めるような言葉と、タイラーのその優しさを信じようとするアレクシス。お互いに、本当はもうダメだと気づいているにも関わらず信じようとする2人とともに流れる「Focus」はたまらなく切ない。


自信家でリア充生活を送る一方、おそらく過去の出来事も起因して他者に弱みを見せたり素直になれないタイラーの繊細な一面を描き出している。どんだけ身体を鍛えていても、男っていざってときにはやっぱり弱い。地元じゃ負け知らずのタイラーも同じで、好きな人の前では赤ん坊同然なのだ。


一方、SZAの「Pretty Little Birds(Isaiah Rashad)」は兄のタイラーに絶望していたエミリーに一筋の光が差し込んでくる様子を巧みに演出する。窓から覗く、外の鳥さえも愛おしい。そんな風に豊かな気持ちになれる瞬間が誰しもあったはすだ。人を傷付けるのは人だが、人を癒すのもまた人なのである。



そんなアレクシスとエミリーが物語の中で唯一直接やりとりし、2人のヒロインを結ぶシーンで使われる楽曲、Amy Winehouse「Love Is A Losing Game」の達観した大人のムードも素敵。






「I Am a God」/Kanye West&「Ghost! 」/Kid Cudi


「I Am a God」は確実に良くないことが起こると観客に無情に告げる楽曲だ。厳しく育てられ、今まで敵わずに反抗することのできなかった相手である父親を乗り越えた(と錯覚する)タイラーの心情、ドラッグとアルコールでトリップした全能感をまさしく表しているからだ。


この曲のあとに続くのはかつてはKanyeと確執がありながら、その関係性が近年復活したKid Cudiの「Ghost! 」が続く。不安、怒り、妬み、憎しみ、その根源である歪んでしまった愛情を内包し、アレクシスを追い求め亡霊のようにさまようタイラーに対してのメタファーであると思われる。(もしくはその場にいながらタイラーに声をかけられなかったエミリーのことも暗喩しているかもしれない。)


「Ghost! 」収録の『Kids See The Ghost』はKanyeと共作で作られていることを踏まえると、前述の「I Am a God」との連なりはDJ的な要素も感じられた。ちなみに「I Am a god」はKanyeから許諾を取るのにめちゃくちゃ時間がかかったそうだ。


余談だがあらためてこの映画を観て、最近のKanyeの活動や言動を見るに現実的には、長年抱えている精神的な問題が気がかりだ。著名人のメンタルヘルスが日本でも問題視されているが、この映画にもメンタルヘルスの問題とその人を取り巻く環境が作品に深く関わっている。



「IFHY(feat. Pharrell)」/Tyler, The Creator&「Seigfried」/Frank Ocean


自信の怪我によって挫折し、恋人とも噛み合わない鬱憤が一気に爆発するタイラー。そのときに流れるのが、Tyler, The Creatorのこの「IFHY(feat. Pharrell)」である。


主人公の名前はタイラーだし、Tylerの主催する「CAMP FLOG GNAW」で予告編が上映されたことから、Tylerの曲は使われているだろうと思っていたけど、観客はショッキングなシーンでこの曲を耳にすることになる。「お前が憎い でも愛してる」と歌うTylerの鬼気迫るラップと、タイラーの愛憎入り混じる感情が直結しこのシーンの緊迫感を高めている。


Tylerの楽曲はこの曲のみだが、作中6曲、最多の楽曲が使われているのはTylerとともに「Odd Future(オッドフューチャー/OFWGKTA)」のメンバーとして頭角を顕し、今や世界的なシンガーソングライターとなったFrank Oceanである。ティザーで使われている「God Speed」は作中では流れないが、重要な場面でことあるごとにFrank Oceanの楽曲が劇場に鳴り響く。


この「Seighfried」が流れるシーン、タイラーとアレクシスの関係性をなぞるように、エミリーとエミリーに思いを寄せるルークの物語が進んでいるので、タイラーとアレクシスの破局の顛末を見ている観客には、頭の中に一抹の不安が過ぎる。しかし、その不安を拭うような、まるで祈りともとれるFrank Oceanの美しい歌声はどんなセリフよりも雄弁だ。


この曲の歌詞に登場するフェニックスは前述のSZA「Pretty Little Birds(Isaiah Rashad)」でも登場する。『WAVES』には自転車のペダル、ぐるぐると回る車内のカメラワークといった“反復”や“サイクル”のメタファーが多く含まれる。タイトルになっている“波”も寄せて返す反復運動を象徴するものであるし、タイラーとエミリーの双方のカップルの描写もわざと既視感を抱かせるような作りになっている。


Frank OceanとSZAが引用し比喩するフェニックスというモチーフは不死鳥、輪廻の象徴であることから希望と絶望、そして命の輪廻、そのサイクルを描く本作において象徴的に聴こえた。日々は繰り返しているようで、少し違う。そんな当たり前の尊さをあらためて感じさせてくれる。



憎しみを浄化するRadioheadの福音と、タイラーに見るエヴァのシンジ感


エンドロールの前、作品をしめくくるのはRadiohead「True Love Waits」。(エンディングは「Sound & Color」/Alabama Shakesなんだけど、これもまたいい)ピアノのメロディとThom Yorkeのボーカルがこの哀しくも希望に溢れた物語を包み込み、浄化されていくようなカタルシスを覚えた。


厳格な父と精神的に未成熟な子の関係性が悲劇を招き、すれちがってしまった関係と絶望のなかで父と母、そして子が希望と愛を見出していく構図はどこかエヴァンゲリオン的であるとも思えた。エヴァンゲリオンのネーミングはもともと“福音”、“福音書”に由来するもの。主にカトリック教徒に用いられる、キリストによる救世の啓示を指す言葉だ。劇中で流れるChance the Rapperによる「How Great (feat. Jay Electronica & My Cousin Nicole)」は直球のゴスペルトラックだし、作中、家族でミサを訪れ、神父が愛と憎しみについて説いたり、教会がシンボリックに登場する。


タイラーはエヴァンゲリオンのシンジのように、人類の存亡が懸かった特別な使命を背負っているわけではない。しかし、父親に抑圧され、その存在を疎んでいる。一方で認められたいという孤独や寂しさから生まれる欲求がタイラーを突き動かす。相反する不安定な感情の爆弾を抱えて、「乗れ」と言われるがまま、エヴァに乗り込むシンジそのものである。


『WAVES』が浮き彫りにするティーンの肖像、音楽によってもたらされる救い


一見すると恵まれた家庭環境であっても、日常の中で差別的な言葉を浴びせられ、競争のレールの上をひたすら走り、いつヒエラルキーのピラミッドから転落するやもしれないという不安に苛まれながら生きているタイラー。そして身近なドラッグやアルコールに手を出し、不安定なメンタルで日常を過ごすティーンのリアルがタイラーを通して描かれている。メンタルヘルス、SNSでの誹謗中傷、ドラッグ依存、黒人差別、妊娠中絶、ミソジニー、今のアメリカ(そのほとんどは、日本にも通ずる問題かもしれない)のティーンが抱える問題に断片的に接続され、複雑に絡み合ってストーリーに横たわることで、劇中の登場人物たちと同様の息苦しさを覚える。


そんなタイラーにとってのいちばんの悲劇は、身近に救いを見いだせなかったことだろう。彼にとって、前述のシンジのように、タイラーの視点には進むべき道を示してくれたミサトさん、アスカやレイといった近い境遇の仲間や家族の姿は映らず、気の許せるトウジやケンスケといったクラスメイトの姿も掘り下げられることはない。度々登場するドラッグや酒をやる悪友でさえ、友人というには距離感があるように映った。タイラー自身が心のATフィールドを張って、目を塞いでしまっていることがその原因だ。本当はすぐ近くに、救ってくれる人がいたのかもしれないのに。


孤独な環境下で、“強い男”でいることを半ば強制され、弱音を吐くことを許されず強迫観念に囚われてしまった末に招いた悲劇。弱い自分と過ちを許容してくれる居場所、ありのままを受け入れてくれる拠り所があれば、悲劇には繋がらなかったかもしれない。客観視するとシンプルだが、当事者の心境になるとそう簡単には割り切れないのが、リアリティを加速させ歯痒くもある。絵に描いたような劇的な救いの展開は訪れないのだ。そんなタイラーと、残された家族のセリフ、モノローグを代弁して余りあるほど多様で魅力的な音楽こそが、作品においての一筋の光明、救いとして効果的に作用していた。


作品に合わせて選ばれた楽曲が、シナリオを語る代用機能を果たしているだけでなく、ひいては監督・脚本を務めたトレイ・エドワード・シュルツのパーソナルプレイリストを鮮明に映像化しているように思えた。そういった意味では確かに“プレイリスト・ムービー”と呼ぶにふさわしい。


新型コロナウイルスの影響がいまだに尾を引き、再び感染拡大が広がっているなかで、この映画を観た日も席数は限定されていた。久しぶりに劇場の音響を介した音楽を聴いていると、音楽そのものの尊さを再確認しつつ、続く長雨と同じく鬱々とした自分の心も救われた気がした。







▶『WAVES』

日本公開日: 2020年7月10日(金)

主演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル

監督: トレイ・エドワード・シュルツ

音楽: トレント・レズナー、 アッティカス・ロス

配給: A24 ファントム・フィルム


Source&Photo:『WAVES』オフィシャルサイト 

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