インタビュー | 客演はAIボーカル?! tofubeatsが語る、最新作『NOBODY』で“誰でもない歌声“を使った意図

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ChatGPTのアップデートが大きな話題になり、AIの影響力が世界中でますます強まっている。この流れは今後も拡大することが予想され、当然、音楽業界にもその影響は波及。音楽制作の現場ではさまざまなAIツールが取り入れられ、利便性が向上している一方で、賛否両論が存在するのが現状だ。そんな中、音楽リスナーの間で話題を呼んでいるのがtofubeatsによる待望の最新作『NOBODY』。AI歌声合成ソフト、《Synthesiser V》によるボーカルがフィーチャーされているのだ。いわゆる“ボーカロイド”に、AIによる歌声合成技術が導入された最新のソフトで、そのあまりにナチュラルな音声を聴けば「これがAI?」と誰もが驚くはずである。
今回Synthesiser Vをフィーチャーしたのにはどのような意図があったのか。音楽家としてのAIとの向き合い方と、アナログ機材との併用の可能性。パンデミック以降のクラブシーンが今作に与えた影響と、今日の“J-CLUB”を背負って立つそのレスポンシビリティについて、tofubeatsに訊いた。
Synthesiser Vを使ったワケと、その扱い方
—今作はAIのヴォーカルをフィーチャーしていますが、その理由を教えてください。
tofubeats : まず、「I CAN FEEL IT」のオリジナルバージョンは、前作『REFLECTION』を作ってる時点で存在していました。でもクオリティ的にイマイチで、誰に歌ってもらうかも決まっておらず、とりあえず自分の歌を入れた状態でした。
その後、Synthesiser Vがリリースされたんです。それを最新のテクノロジーとして使ってみたくなって、女性ボーカルを入れた場合をイメージして仮歌で使ってみたんですよ。そうしたら、「これでよくない?めっちゃいいやん!」って。コンセプト的にも「I CAN FEEL IT」とマッチしていたので、Synthesiser Vをテコにして、色々考えてこのEPを組み立てていった感じです。
—Synthesiser Vは、極めて人間の発声に近づけられる最新技術ですが、機械的なニュアンスを敢えて残しているような印象を持ちました。今回のボーカルプロダクションで拘ったポイントを教えてください。
tofubeats : 基本的には人間のボーカルに近づけることや、ニュアンスを詰めるようなことはしてなくて、ほぼ“べた打ち”(打ち込んだまま抑揚などの調整をしないこと)で十分だと思いました。一方で、データをオーディオ化してからフォルマントやピッチを変えたりもしています。Synthesiser Vからはプレーンに拘った出力をして、“人間の声を扱う”ように後で処理していくやり方が多かったですね。具体的には、ボーカル用の真空管コンプレッサーにSynthesiser Vの声を通して、実際にレコーディングしたような処理をしました。
そういう“濁し、汚し”の作業みたいなことをやっています。何気なく聴いたら人っぽいけど、よく聴いたらちょっと違和感のあるニュアンスの方が面白いと思ったんです。人っぽく聞こえる瞬間もあればそうじゃない時もある、心地いい塩梅のバランス感を目指しました。
—Synthesiser Vの声を女性の声で統一していますが、それはなぜですか?
tofubeats : 男声で入れるなら自分の声でいいじゃないかってことですね(笑)。 基本的に、客演を呼ぶなら女性ボーカルを呼びたいんですよ。それこそ「I CAN FEEL IT」も自分で歌ってみたけど、あんまり良くなくて。キーを変えて女性に頼む案もあったんですが、そこから発展してSynthesiser Vを使うことになりました。
ーちなみに「NOBODY - Slow Mix」は、男性の音声を使用したわけではなく、単純にスピードを遅くしただけでしょうか?
tofubeats : そうですね、本当に遅くしただけです。一度、オープンリールでテープに録音して、オープンリールのピッチを下げて再生したものを、またPCで録り直しています。ピッチの設定は結構拘ってて、男性が歌ってるように聞こえかねないように調整しています。
ーSynthesiser Vと、ボーカロイドのような他のボーカルソフトとの違いや魅力を教えてください。
tofubeats : 一聴すると人っぽい点ですね。雑に打ち込んで人っぽくなるのは、現状ではSynthesiser Vが突出して凄いです。しかも安く買えて、誰でも使える所も魅力だと思います。
Synthesiser Vもボーカロイドみたいなものではあるんですけど、そもそもボーカロイドって声に記名性があるじゃないですか?それだと誰かに歌ってもらうのとあんまり変わらないんですよね。Synthesiser Vの何がいいかというと、キャラクターが無いのが一番いいところです。もし記名性が明確にあったら自分は使わなかったと思います。無記名性が魅力で、自分の名義で使えるツールだと思ったんですよね。
ーAIと人間のボーカルの差はどういったところに感じますか?
tofubeats : クオリティ的な差はあまり感じてないです。どちらかと言うと、作る側の心情みたいな部分が面白いなと思って。普段、歌詞を書く時に気をつけていることなんですけど、歌う言葉って歌ってる人に返ってくるので、あんまり軽率な事を言わせられないんですよ。だから、「I CAN FEEL IT」は熱血な感じの歌詞なので、これを歌ってもらう人をどうするかという問題がありました。そういう意味での情緒みたいなものを考えなくても良いのがAIのメリットです。
ー人間が歌うことの良さを教えてください。
tofubeats : 人が歌うことによって、歌っている以上の意味合いを持たせられるのが大きな強みですね。“Don’t Stop The Music”って森高千里さんが言うのと、自分が言うのでは意味が全然違ってきます。絶対に文脈が乗っかるし、聴いてる人も歌う人の顔を浮かべたり、思い出みたいなものが生まれやすいですよね。今回はそういう“フックがないこと”を面白みにしたいという思想がありました。
ー今後、人間のボーカルとAIのボーカルの使い分けについてはどのように考えていますか?
tofubeats : これが難しくて、今は人間のボーカルとAIのボーカルを選べる状態です。現状、このSynthesiser Vを使うことに意味が生まれてしまうので、要所要所で使うことになると思います。ただ実際の業務的な話で言うと、色んなアーティストの仮歌に使用するようになっています。広告案件や、歌が入ったデモを提示するのにも多用していますね。
AI技術とアナログ機材の共存
ー今作は、ボーカル以外でもAIを使用しましたか?
tofubeats : あまり使ってないですね。コンセプト等を考えるときにChatGPTを使った程度です。今回は、オケの打ち込みに関しては基本的に手作業でやってますし、歌詞も考えています。あくまで歌わせるソフトの中に多少AI技術が入ってるだけで、いわゆる「生成」は一切ないですね。今作は、AI技術が導入されたボーカルソフトを使っている作品なんですが、逆にアナログドメインのアウトボードを通した作業が、これまでの作品より凄く多いんですよ。
ー今回で最も活躍したアナログ機材はなんですか?
tofubeats : 今回はほぼ全曲、最終段階でサミングアンプを通してます。PCから音源をアウトプットして、それをサミングアンプに通して、またPCに録り直すという、いわゆる“アナログ出し”をやってます。多分「YOU-N-ME」以外は全部やっていますね。
ー最後に収録された「NOBODY - Slow Mix」の作業についても詳しく聞かせてください。
tofubeats : 今回は「パソコンの中だけの作業から始まり、生で終わる」というコンセプトが自分の中にあって。だから、7曲目の「NOBODY」のストリングスは生で録音したものなんです。もともとその7曲で完成だったんですけど、ある日「NOBODY」をスクリュードして(スローにして)聴いてたら、すごく良くて、入れたくなったんです。でも、せっかくアナログドメインの作業をして生ストリングスで終わったのに、その後にDAWを使ってピッチダウンしたものを入れたら、コンセプトがブレちゃうじゃないですか。これまでも『FANTASY CLUB』でカセットテープに入れてスクリュードしたり、『RUN』の時には音源をレコードにカッティングして、再生中にそのレコードを触ってスクリュードするのもやってたんです。それで、まだ使ってないデバイスを考えた時にオープンリールを思いついて、その足でハードオフまで買いに行きました。ただのスクリュードなんですけど、このアナログ作業によってコンセプトを崩さずに終われたんですよ。まあ、聴いてる人からしたらあんまり関係ないですけどね(笑)。
ーHIHATTのYouTubeチャンネル企画「THREE THE HARDWARE」を楽しみに拝見しているのですが、やはりデジタルな環境でもアナログを使うことは意識されているんでしょうか?
tofubeats : 単純にやっていて楽しくて、気合いが入るんですよね。作品を作る上で、気分はとても大事で。ハード機材は、音質云々に意味があるというよりかは、それを触ることによって生まれる気分が大事なんです。“音楽っておもろいな”って思わせてくれるのは、ハード機材に分があると思うので、そう思わせてくれるものを使っていきたいですね。自分の場合、作品が出来上がるとメインの機材を変えたりします。例えば『FANTASY CLUB』は、シンセサイザーのProphet 6を買ったから出来たアルバムです。新しい機材を導入するとインスピレーションが沸くんですよね。「これを使って何しようか」っていう。今回はSynthesiser Vが気分を上げてくれるハードウェアのような存在でした。
音楽家としての矜持と、今後のAIとの向き合い方
ー先ほど、今作ではAIが生成したものは使っていないとおっしゃっていましたが、AIが生成したメロディやビートを利用することへの抵抗や自身のプライドはありますか ?
tofubeats : これが難しくて。例えばSONYのFlow Machines(AI楽曲制作アシストプロジェクト)など、現場で使用することも実際にあるんですよ。あとは、ChatGPTでコード進行を提案してもらうこともあるんですけど、遊びの域を出ないんですよね。レクリエーションとしては楽しいし、提案してもらう分にはいいと思っています。でも、自分でそれをやることが“作ること”だと思ってるから、自分がやる楽しみを自分で奪っていると思うんですよね。古い人の考え方みたいになっちゃうんですけど。でも、新しいものが出たら毎回試しますが、自分の制作スタイルに合ったソフトみたいなのはまだないですね。
ーAIを絡めた制作の“オリジナリティ”に関してはどのような考えをお持ちですか?
tofubeats : これに関してはDJもそうで、他人の曲をかけてるだけですが、曲を選んでいることに価値があると思います。だからプロンプトを書くだけでも、それは価値があることだと思うんですよ。でも、「NOBODY」を聴いて「誰が歌ってるんだろうと」気になった人が、このインタビューを読んで合成AIだと知った時に、がっかりするんじゃないかと思うんです。実体験で言うと、最近はコールセンターもAI音声になってて。「人じゃないんや」って気づいた時の、あの“情緒のハシゴを外された感じ”ですね。これは新しい感情だなと思うんです。そういう、人間が勝手に持ってる情緒みたいなものに気づかされますよね。生成AIにまつわるものって、全部それに似たような気持ちを想起させられると思ったんです。それが今回の『NOBODY』というアルバムのテーマになっていて、それを記録したかったんです。なんでこれを悲しいと思うんだろうという、AIに対する自分の気持ちを反映しました。“情緒の梯子を外される”というのは全曲に共通するテーマなんですが、特にタイトル曲の「NOBODY」がその象徴で、だからアルバムタイトルにもしています。
ー今後、ますますAIの進化は予想されますが、AIに制作の仕事を奪われることを危惧していますか?
tofubeats : 自分だけが奪われるわけではなく、自分が奪われるときは全員が奪われてるので、全然心配はないです。それとは別に、自分が今やってるような(アナログ機器を併用した)作業が、旧車好きのおじさんみたいな感じで趣味として残るのか ? それとも全部綺麗に消し去られるのか ? どれぐらいの割合で残っていくのか ? は興味がありますね。
tofubeatsが音楽制作において求めるAIソフトの理想像
ー先ほど、自分の制作スタイルに合ったAIソフトに出会っていないと仰っていましたが、その理想像を教えてください。
tofubeats : 提案されているって感じない位、自然に自分の探しているものを提案してくれるソフトがあったらいいなと思います。自分で探してるけど、本当は全部AIに提案されているもので、その中から自分が選ぶだけというソフトですね。擬似的に選ばされてる位のものが出たら、前のめりな気持ちでAIが使えるんじゃないですかね。Spliceみたいな感じなんですけど、自分が選んでいるつもりでも、実はAIに選ばされているという。それはそれでディストピアっぽいですけどね (笑)。
ーAIを活用したツールを自ら開発したいなどの願望はありますか?
tofubeats : それはめっちゃやりたいんですよねー。偽tofubeatsみたいな(笑)。 自分の趣味を学習させて、Beatportとかで気に入りそうな曲を勝手に追ってくれるものとか。あと、Synthesiser Vで自分のボイスを作れたら楽だろうなって思いますね(笑)。
新たなJ-CLUBの顔役として
ーDJ Qとの対談動画を拝見したのですが、彼が日本のUKガラージで印象に残った曲として、m-floの「How You Like Me Know (Todd Edwards Remix)」を挙げていましたよね。世界的に日本のクラブミュージックに脚光が当たりつつありますが、今作はそのムーブメントに標榜するような意図はありましたか?
tofubeats : そうですね。オーバーグラウンド、アンダーグラウンド問わず、00年代、90年代の日本語のハウスミュージックの影響をしっかり出していこうというのはありました。m-floもそこに入ると思うんですが、“J-CLUB”という言葉が去年ぐらいから自分達の中でキーワードになっています。現状、TSUTAYAにあったJ-CLUBの棚に並べられるアーティストは、tofubeatsぐらいしかいないんじゃない?みたいな話になって。せっかくその潮流を汲んでるし、それは悪いものじゃないと思っています。寺田創一さんのような、いわゆるジャパニーズ・ハウスにも影響は受けているし、中田ヤスタカさん、FPM、大沢伸一さんのような、J-POP寄りの人達からも影響を受けています。だから、そこからの影響を恥ずかしがらずに表現しようと思っています。
パンデミック以降のダンスミュージックに対するスタンス
ーtofubeatsさんは作品ごとに作風が変わるので比較は難しいと思うのですが、ダンスミュージックに限定した場合に、前作となる『TBEP』からご自身の視点で変化したことはありますか?
tofubeats : 変化したと言うより、『TBEP』の時にやりたかったけどできなかったことや、『TBEP』の後はこうしようという展望がありました。それがコロナ禍で全部おじゃんになってしまい、ゼロから踏み切ったのが『REFLECTION』です。でも、その時にやりたかった点線みたいなものがずっと残っていて。それで、またクラブに戻ったら、気分がダンスミュージックにも戻ってきて、『TBEP 2』みたいなものを作りたいと思ったんですよ。ぶっちゃけ前作の反省点や心残りが何個かあって、それを生かした構想にSynthesiser Vをプラスしたのが、この『NOBODY』です。だから変化ではなく、その当時にやりたかったことを前進させたいという気持ちでした。
ーパンデミックが落ち着いてしばらく経ちましたが、tofubeatsさんから見て、オーディエンスのムードなど、クラブシーンの状況は以前と比べて変わりましたか ?
tofubeats : 元々、自分はオルタナティブなエレクトロニックシーンみたいなところに出てきて、J-POPを経由して今に至ってると思います。でも、ヒップホップシーンに自分が近づいたのが原因かもしれませんが、そのエレクトロニックシーンからの流れが失われかけてる気がするんですよね。DJセットじゃなくて、ライブセットの時にも使える四つ打ちの作品をちゃんと出さないと、その流れが途絶えるんじゃないかとずっと思っています。それが『TBEP』の時には、既に問題意識としてありました。だから、もう一回四つ打ちの作品を作ろうと思ったんですよね。あと、コロナ禍以降のクラブは夜のライブハウスっぽく感じる時があり、そうではなく、もっとリニアなものを自分は求めています。今回のアルバムは全体を通してBPMを揃えているのも、そういう意図があってのものです。ピークを作って、そのピークを中心に考えていくんじゃなくて、全体の流れを考えたものを作りたかったんです。それは『TBEP』の反省点でもあります。
開かれたクラブシーンへの架け橋となる決意を歌う『NOBODY』
ー昨今のポップシーンは、PinkPantheressやNewJeansの影響もあって、かつてないほどクラブミュージックに門戸が開かれた状況にあると思います。「Why don’t you come with me?」で“入り口まで来てるなら Why don’t you come with me?”と歌っているように、今作は当事者目線でその間口を広げたいというメッセージを込めているのでしょうか?
tofubeats : 自分がやっていることは、基本的にJ-POPとの架け橋なんです。クラブミュージックのゲートウェイになるのは、デビュー当初からずっと意識していることですね。だから今回も同様なんですけど、特に「Why don’t you come with me ? 」はそれが如実に出ています。音楽を作ったり、クラブに遊びに行くことの良さを広めていくのが自分の仕事の一つだと思ってるので、ダンスアルバムを作ると、自ずとそれが前傾化しますね。
ー今作のタイトルトラックである「NOBODY」の歌詞は、視点によって意味合いが変わると思います。個人的には、歳を重ね、生活の変化でクラブ遊びが難しくなった人々に寄り添ったものに思えたのですが、どういった思いを込めたのでしょうか?
tofubeats : さっき言ってた、AIが出てきたことで“情緒のはしごを外された”って感覚にも通じるんですけど。“待ってるよ”って言ってるんですけど、別に誰も待ってないという話で。そういう行き場のない感情で作った歌詞なんですけど、そういう風に言われたらそうも解釈できますね(笑)。
ー個人的に様々な障壁があってクラブ遊びができていなかったので、勝手にそういう解釈をして刺さっていました。
tofubeats : そういう解釈も面白いですね。今のも正解を自分で出しているようで嫌なんですけど、こういう風に聴いて欲しいという型は無いんですよ。一方で、“自分は待ってるけど誰も来ない”という歌詞でもあり、どういう形であれ“不在”を考えてもらえたら嬉しいですね。
レビュー|“不在”をテーマにしたダンスミュージック
“温かみのある”という不確かな形容をよく目にする。アナログレコードは“温かみのある音”と言われるし、その温かみの正体を立証する事も可能だが、ブラインドテストをしてMP3音源とアナログレコードを明確に聴き分けられる人は、そう多くはないだろう。それぐらい不確かで、人間らしい感覚だ。
かつて最新鋭だったiMacやコンパクトデジタルカメラも、Y2Kムーブメントを通過したことによって温かみのあるものとして、再び消費されている。つまり、温かみとはノスタルジーとイコールであり、テクノロジーが更新される度にオールドメディアとなっていくものたちに、温かみが宿る。
だが、その定説に逆行するものとして、tofubeatsの『NOBODY』でフィーチャーされたSynthesiser Vには興味を引かれた。従来のボーカロイドは、カクカクとした不自然な抑揚のいわゆるロボットっぽい音声であったが、Synthesiser Vには、AIによるディープラーニングによるデータの堆積と、歌声合成技術により、人間らしさと温かみが宿っているのだ。ただ、その歌い手は存在しないものであり、本質的には温かみが“不在”なのである。インタビューで、tofubeatsが今作のテーマとして語っていた、“感情のハシゴを外された感覚”という表現は、AI技術が日常に浸透している現代において、非常に批評的に機能している。
そんな中でも、代案なき批判にならないのがtofubeatsのクレバーな面であり、彼の表現の優位性だと思っている。Synthesiser Vをボーカルとして捉えつつも、基本的には新たに手に入れた楽器として、エキサイトメントを持って向き合っていること。アナログ機材への愛着と、それらを用いて“温かみ”をもたらすために施している具体的な処理も、AI以降の制作環境と旧態依然としたアナログドメインなスタイルの共存の一例として、説得力を持って提示されている。
ただ、その批評性はクラシックなものを欠いている昨今のクラブシーンにも向いており、現場の当事者であるtofubeats自身に向けられた自己批評的なものでもある。
パンデミックの中で急速に成長した、planet raveのようなカルチャーは、NewJeansの登場などもあって、ライトなリスナー層にもリーチすることとなり、クラブミュージックが未だかつてないほどにオープンな状況になっている。ただ、それらがクラブに足を運ばせるものとなっているかと言えば、ベッドルームにアジャストした性質もあり、まだそのポテンシャルを発揮しきれていない印象がある。
『NOBODY』は、これらのトレンド要素を含んでいるし、Synthesiser Vのボーカルによって、表面的には非常にキャッチーな印象を持つ。しかし、その核にあるのはオーセンティックなハウスミュージック。オーソドックスなDJセットの如く、全ての曲のBPMは128前後に統一され、基本的にキックは4つ打ち。Synthesiser Vによるボーカルも、リフレインする歌詞がリニアなビートと同期しており、敢えて機械的なフィールを残したことによって、ビートミュージックの構成物の一つとして機能している。
「I CAN FEEL IT - Single Mix 」は、ダンスが本能的な行為で、ストレスの捌け口として習慣的なものであってもいいんじゃないかと歌いかけてくれる。DJアプリ、djayがApple Musicに対応し、“DJ”という行為が身近なものになっている昨今、DJは楽しいものだと喧伝する「EVERYONE CAN BE A DJ」は、キャンペーンソング的に機能している反面、曲を選んで流しているだけだと思われがちな、浅はかな偏見へのカウンターとしても嬉しい一曲。それは「Why don’t you come with me?」にも同様のメッセージがあるが、アルバムというアートフォームの“構成”という重要な要素において、続く3曲オーセンティックなダンストラックへ繋がるインタールードとしても、素晴らしい一曲だ。
そして、ダンスフロアに誘われるようにして流れる「YOU-N-ME」と「Remained Wall」は、ミラーボール下の情景を映し出し、その上で「I CAN FEEL IT」のオリジナルヴァージョンが流れる頃には、歌詞の聴こえ方は額面通りの受け取り方ができるようになり、聴いている全ての人間はクラバーとなっているだろう。
『TBEP』にはなかった対外的なアティチュードをもっている『NOBODY』だが、タイトルトラックで歌っている“不在”が全てで、悲しい現実でもある。“自分は待ってるけど、誰も来ない”と自身が語るように、いくら打っても響かないという悲哀。しかし、“Choosen One”としてそれでも続けるという決意。J-CLUBが世界的に再発見されようとしている今、若い世代の顔役が“不在”であるのは問題であるが、その空位はtofubeatsが埋めてくれる。私はこの作品でそれを確信した。
[リリース情報]
tofubeats 『NOBODY』
Label:Warner Music Japan
Track list
1.I CAN FEEL IT (Single Mix)
2.EVERYONE CAN BE A DJ
3.Why Don’t You Come With Me ?
4.YOU-N-ME
5.Remained Wall
6.I CAN FEEL IT
7.NOBODY
8.NOBODY (Slow Mix)