「音楽ストリーミングのロイヤリティ支払いモデルにはリセットが必要」、イギリス政府に報告書が提出される

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イギリスで、アーティストがストリーミングから得るロイヤリティの問題に関する報告書が政府に提出された。
アーティストらは「哀れなほど低い利益」しか得られていない
昨年10月に始まったストリーミングサービスが音楽業界に与える経済的な問題点に関するイギリス下院デジタル・文化・メディア・スポーツ特別委員会(Digital, Culture, Media and Sport Committee=DCMS特別委員会)による調査をまとめた報告書では、ミュージシャンやソングライターが現在のストリーミングのロイヤリティ支払いモデルから「哀れなほど低い利益」しか得られていないことが指摘されている。また、イギリスの音楽シーンが「10年以内に」変貌してしまうのを防ぐには、アーティストに正当な報酬を与える必要があり、いくつかの根本的かつ抜本的な変更が必要であると結論づけられている。
報告書では、音楽ストリーミングからわずかな収益しか得られないことは、業界のクリエイティブなエコシステム全体にも影響を与えているとの主張がある。「成功を収め、高い評価を受けているプロの演奏家たちは、リスニング体験の主流となっているストリーミングからわずかな収益しか得ていないだけでなく、ストリーミングサービスにフィーチャーされていない演奏家は完全に排除されている状況で、音楽スキルを持つこと自体が有効なキャリアであるはずなのに、このようなシステムが新しい才能のための重要なパイプラインにも影響を与えている」と述べられている。
レーベルがストリーミングで得た収益の16%しかアーティストには支払われていない
DCMS特別委員会の調査結果ではストリーミングによって得られるアーティスト、ソングライターらのロイヤリティの少なさが指摘されるほか、ワーナー、ソニー、ユニバーサルなどの3大メジャーレーベルなどレコード会社への懸念も示されている。
BBCによると現在、イギリスのレコードレーベルはストリーミングから7億3650万ポンドの収益を得ているとのことだが、アーティストが得るのはそのうちの約16%でソングライター/コンポーザーの場合はさらに少なくない。
また、報告書はストリーミングによる収益の55%が音源の権利者(レーベルのほか、レーべル契約アーティスト、ディストリビューターを使うインディーズアーティストなど)に分配される一方で、出版・作詞・作曲の権利者(パブリッシャ―、ソングライターなど)に分配される収益は15%に過ぎないため、収益獲得の割合が音源の権利者側に偏りすぎていることも指摘している。
また、ストリーミングサービスのプレイリストに関して、メジャー3社がインディペンデントレーベルやインディペンデントアーティストよりも曲をピックアップされるのに有利な立場にいるとする指摘も見受けられる。
ガーディアン誌によると元SpotifyのチーフエコノミストであるWill Pageが提出した証拠では、2015年から2019年にかけて、大手メジャーレーベルがストリーミングの出現により、その収益が21%増加したことが示唆されている。しかし、Will Pageは「ストリーミングは、音楽ビジネスの規模は大きくしただけでなく、レコードレーベルにとっては収益性の高いものになった。しかし、アーティストはそれに比例した利益を得ていない」と述べている。
YouTubeも批判の対象に
調査結果から、報告書は、CMA(競争市場局)に対し、「メジャーレーベルの支配がもたらす経済的影響」に関する調査を開始するよう提言している。また、ストリーミングプラットフォームの中では、YouTubeの問題も指摘されている。調査中の証拠によると、YouTubeは 「年間の音楽ストリーミングの51%を占めているが、全収益の7%しかアーティストに還元していない」との指摘がある。
ストリーミングのロイヤリティ支払いモデルを完全にリセットすることを議員が提言
イギリスでのストリーミングの支払いモデルの変更に関する議論は、ミュージシャンのTom Grayが関わる「#BrokenRecord」や「#KeepMusicAlive」キャンペーンを受けてのものだという。キャンペーン開始以降、多くのミュージシャンが自身がストリーミングで得ている少ない報酬について発言を続けている。
DCMS特別委員会の議長を務めるJulian Knight下院議員は、「ストリーミングが音楽業界に多大な利益をもたらしている一方で、その背後にいる才能豊かな演奏家、作詞家、作曲家が損失を被っている。現行のストリーミングのロイヤリティ支払いモデルを完全にリセットして、収益の公正な分配に対する彼らの権利を法律に明記する必要がある」と述べている。
報告書では調査の結果を受けて、以下のような提言が行われている。
・音楽制作者が一定期間後にレーベルから作品の権利を取り戻すことを可能にする措置の導入。
・自分の作品が受け取る報酬以上に成功した場合、アーティストに契約を調整する権利を与える。
・政府はYouTubeなどのUGC(ユーザー生成コンテンツ)ホスティングサービスのライセンス契約を正常化するために、法的強制力のある義務を導入すべき。
・政府は音楽パブリッシャーや著作権管理団体に対し、ロイヤリティ・チェーン情報を公開することを義務づけ、支払いシステムにどれだけの資金が流れているかについて、アーティストに透明性を提供すべき
イギリス政府は今後、DCMS特別委員会からの提言について議論することになるという。
最近ではミュージシャンの収益性を高めるものとして、NFTが注目されるほか、従来のストリーミングによる収益の支払いモデルに変わる新たな方法として、Deezerが提唱するUCPSやSoundCloudが今年4月から導入したFan-powerdのような支払いモデルに関する議論も行われている。
今回の報告書の内容は、アーティスト側を支援する内容である一方、レーベル側にとってはビジネスに関わる内容も含まれるため、今後の議論に音楽業界関係者からの注目が集まりそうだ。
*7/22 追記:DCMS特別委員会、ストリーミング収益の分配の内訳について誤りがあり加筆・修正を行いました。
written by Jun Fukunaga
source:
https://mixmag.net/read/mps-streaming-services-musicians-royalites-spotify-youtube-apple-news
https://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-57838473
https://www.musically.jp/news-articles/2021/imcj-streaming-economics-aim
https://publications.parliament.uk/pa/cm5802/cmselect/cmcumeds/50/5005.htm#footnote-577
photo: pixabay