多才なミュージシャン・Soichi Terada(寺田創一)とは?

日本を代表するミュージシャン・Soichi Terada(寺田創一)とは?
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2018.06.13 00:13

日本を代表するミュージシャン・Soichi Terada(寺田創一)とは? 


音楽のジャンルは様々存在しており、それぞれに日本においても代表となる人物がいる。そのジャンルのひとつであるハウス・ミュージックの日本の代表Soichi Teradaは、世界的にも知られたミュージシャンである。ハウスミュージシャンのSoichi Teradaについて紹介する。




Soichi Teradaの経歴


Soichi Teradaは、日本を代表するハウス・ミュージシャンである。また、ミュージシャンとしての顔のみではなく、作曲家や編曲家などとしても活躍し、多彩な才能を発揮している。


1965年3月19日に東京で生まれる。もともと父親が電子オルガンを弾くことを趣味としており、その影響を受け、子どもの頃よりビートルズや映画音楽を電子オルガンで弾くことで音楽と親しんでいた。1980年代後半に参加したパーティーにおいて、デジタルサンプラーを使用したハウスミュージックやヒップホップに出会い、このことよりハウスミュージシャンとしての道を歩きはじめる。電気通信大学に在学の大学生時代には、計算機科学を専攻して学ぶとともに、在学中にセッションミュージシャンやマニピュレーターとしても活動し始める。当時は、NECのPC-8001mkIIと雑誌懸賞品でもらったアムデック社のCMU-80(DTM音源・インタフェイス)を使ってシーケンサーを使って音楽活動を行っていた。


大学卒業後の1989年からは、作曲家、そして編曲家、リミキサーとして活動するようになり、日本のレコードメーカーの作品を数多く手掛けるようになる。同時にヒップホップやハウスに傾倒していたこともあり、デジタルサンプリングを駆使したリミックス作品を発表するための場所として、自主レーベルFar East Recordingを設立して、数多くの楽曲を発表するようになる。このレーベルは、日本のダンスミュージックの草分け的な存在であり、その後の日本の音楽業界に多大影響を及ぼすものである。


1996年ごろからは、自己の楽曲をリリースするだけにとどまらず、ドラマやゲームソフトのサウンドトラックを手掛けるようになり、数多くの映像や動画に合わせて作曲するという作業をこなすようになった。このことがSoichi Teradaに映像に対しての興味を持たせるきっかけを与えることになったようだ。自身のリリースする作品にも、作曲と合わせて映像面でのアプローチをするようになり、様々な映像作家の人々に映像を作成してもらい、動画をインターネット上で配信している。2009年より、液晶モニターや携帯ゲーム機と巫女装束でパフォーマンスを行い、国内にとどまらずアメリカやヨーロッパなどの海外での公演により世界的な評価を得ている。


2015年には、初期の作品がオランダの名門レーベルであるRush Hourからリリースされて、世界的にも再評価がなされる結果となる。





Soichi Teradaの手がけた作品と魅力


Soichi Teradaが製作しリリースした楽曲は、1997年「サイコメトラーEIJI」からはじまり、様々な楽曲が存在している。レコードとDAT、そしてオープンリールを活用してDJもこなしていた、Soichi Teradaの楽曲は、デジタル・サンプリングを使用したことが特徴的であり、1990年代を代表するハウスミュージックだ。Soichi Teradaの名が一躍世界的に有名になったのは、音楽ライターである島田奈美の「Sun Shower」のリミックスを手掛けたことによるものだ。1989年に発表されたこのリミックスは、日本にとどまらず、ニューヨークのLarry Levanにヘビープレイされたことにより、ヒット曲へとなった。


このほかさまざまなサウンドも作成しており、サークルKサンクスのCMサウンドなど、日常生活で良く聞く音楽を何気なく手掛けていることが多い。


photo: https://www.facebook.com/pg/soichiteradamusic/photos/?ref=page_internal


written by 編集部


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