ドラマ「カルテット」で俳優に挑戦したラッパー・Mummy-D

マルチな才能を発揮しているMummy-Dに迫る
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2018.08.28 02:00

マルチな才能を発揮しているMummy-Dに迫る


HIP HOP界で活躍しているアーティストの中には、ドラマやバラエティにも果敢に挑戦している人物が少なくない。ライムスターMummy-D(マミー・D)もその1人だ。今回はそのMummy-Dについて深掘りしてみた。彼の経歴と共に、ドラマ「カルテット」に出演した際のエピソードを紹介していく!





日本にHIP HOPカルチャーを根付かせた人物


Mummy-Dは、1970年4月14日生まれ、神奈川県横浜市出身。中学時代に優秀な成績を収めていた彼は、横浜市有数の進学校・県立横浜緑ヶ丘高校へ入学した。高校時代、サッカー部に所属し、文武両道を実践していた。友人や実弟と一緒に音楽活動に取り組み、ステージを踏んでいる。高校でも頭脳明晰だったMummy-Dは、早稲田大学の中でも随一の難易度と称されている政治経済学部の入試に合格。大学に入学して間もなく、ソウルミュージックを研究している学生と出会い、HIP HOPグループRHYMESTER(ライムスター)を結成した。結成当初、日本国内ではまだHIP HOPカルチャーが定着しておらず、試行錯誤を重ねていた。メンバー全員で日本語ラップの方法を模索し、苦心しながら楽曲を制作していた。


大学卒業後は、多くのクリエーターを輩出している専門学校・桑沢デザイン研究所に入っている。デザインの技法や専門知識を学びながら、RHYMESTERの活動も継続し、株式会社ファイルレコードに所属しCDジャケットのデザインを手掛けていた。


精力的なライブ活動によって自分の進むべき道を切り開き、HIP HOPの分野を開拓した結果、日本のHIP HOPシーンを牽引する人物に位置づけられている。ラッパーとして活躍する一方では、サウンドプロデューサーやトラックメイクに挑戦して才能を発揮。数々の名作を生み出し続け、音楽業界で高く評価されている実力者だ。多くのアーティストから信望を得て、椎名林檎やRIP SLYME(リップ・スライム)など有名アーティストの作品をいくつもプロデュースしている。盟友であるラッパー・童子-Tから今後の音楽活動について相談された際には「オレが代表曲を作ろう」と言い代表曲「少年A」を制作した。宣言通り「少年A」は大ヒットして童子-Tの出世作となった。面倒見が良いことから、HIP HOP界では兄貴的存在となっている。


彼の楽曲はもちろんのこと、ドラマ「カルテット」をはじめとするテレビ番組への出演も要チェックだ。




俳優としてのMummy-D


Mummy-Dは、2011年に舞台「最高はひとつじゃない」で紳士の役を務めて以降、俳優活動にも熱心に取り組んでいる。翌年にはファッション通販サイト・マガシークのCMキャストに大抜擢された。2015年になると民法のドラマ2本に出演。同年11月~12月に放送していた「トラジットガールズ」では、主人公の父親を演じている。


ラッパー界の重鎮として確固たる地位を築いていた彼だが、ドラマに初挑戦した際には現場の雰囲気に飲まれていたようだ。スタッフが口にする専門用語の意味が理解できず、何度も戸惑った。一時は真剣に考え過ぎて空回りしてしまい、ドツボにはまっていた。しかし、俳優・光石研からのアドバイスを契機に考え方が変わり「俺は俳優ではない、ラッパーなんだ」と割り切っている。気持ちを一新した結果、有名脚本家の目にとまり、ドラマ「カルテット」への出演をオファーされた。





「カルテット」で演技の才能を開花


ドラマ「カルテット」は、四人の男女の複雑な恋愛模様を描いた連続ドラマだ。高橋一生演じる家森諭高を追いかける謎の男としてMummy-Dが出演している。彼は薄笑いを浮かべながら高橋一生を付け回し、不気味な役を見事にこなした。時には、アポロチョコを貪り、愛嬌を振りまいた。Mummy-Dが「カルテット」に登場する度、視聴者がざわつき、SNS上には彼の演技を高く評価するコメントが多数アップされていた! 彼は「カルテット」への出演を通じて、坂元裕二の自由な作風に多くの刺激を受けたのだ。



photo: youtubeyoutube2twitter


written by 編集部


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