Nina Kravizのコーンロウに文化の盗用だと批判が殺到、反論するも物議を醸す

問題に対して自身の見解を示すも批判は人種差別問題にまで発展した。
SHARE
2019.10.30 09:00

人気テクノプロデューサー、Nina Kravizが自身のヘアスタイルをコーンロウにし、その姿を収めた画像をSNS上で公開したところ、SNS上で文化の盗用だという批判が殺到。炎上騒ぎになり、物議を醸している。





Nina KravizがSNS上で炎上  


画像は、Nina Kravizがマイアミのクラブ「Space」への出演を告知するために使われたものだったが、コーンロウがアフリカ系人種の固有のカルチャーであることから、ロシア出身でそういった文化をルーツに持たない彼女がその髪型をすることは文化の盗用だという批判が寄せられることに。その批判の中にはコーンロウをやめるように求める声や画像の削除、さらにはイベント出演キャンセルを求める意見も含まれていた。  


文化の盗用だという批判から人種差別問題にまで話が発展 


批判に対し、Nina Kraviz自身は、コーンロウはアフリカ系人種固有の文化だけでなく、ネイティヴアメリカンをはじめ、アジア人、ヨーロッパ人の文化にも古来から存在するものであると主張。また、コーンロウによる文化の盗用批判をきっかけに彼女が2011年にリリースしたトラック「Ghetto Kraviz」のタイトルにある”ゲットー”にまで批判が飛び火し、人種差別主義者だと主張される羽目に。 


これについては、第二次世界大戦時のナチス・ドイツによるユダヤ人強制収容施設の意味ではなく、ダンスミュージックのサブジャンル「ゲットーハウス」にインスパイアされたものなのだが、ダンスミュージックに知見のない批判者からすると、そのタイトルは人種差別的に捉えられるとのことで、批判につながることになったようだ。



これに対してもNina Kravizは、そもそも彼女がトラックタイトルで使用した”ゲットー”自体が、自分が盗用したとされるアフリカン・アメリカンカルチャーも使用しているものだと歴史的な事実を踏まえて反論。しかし、それに同意するものもいれば、それは言い訳にすぎないと彼女の反論に失望したり、批判を続けるものもおり、問題はさらに物議を醸す状況になっている。 


そのような状況の中で、クラブミュージックシーンにおける女性、LGBTQのエンパワメントを推進するコレクティヴ/エージェンシー「Discwoman」創設者のFrankie Dechaiza HutchinsonもまたNina Kravizに失望を表明した1人だ。その結果、Nina Kravitzは、POC(有色人種)やLGBTQなどマイノリティコミニュニティから厚い支持を受けるFrankieの発言に先導された批判者がネット上に殺到し、自分に対するネットいじめが起きていると批判。さらに彼女が逆に白人を差別する人種差別主義者だと批判を続けている。  


結果的に論争は拡大し、Nina Kravitzに対する批判は文化の盗用から人種差別主義者へと論点がすり替わり、混沌とした状況に。最終的にNina Kravitzは自身の一連のツイートの大部分を削除する一方で、人種差別主義者ではないと改めて主張している。





キム・カーダシアン”KIMONO”問題で日本でも注目が集まった文化の盗用問題  


そもそもの文化の盗用問題は、誰もが批評家、批判者になり得る今の時代においては極めてセンシティヴな問題だ。記憶に新しいところでは、キム・カーダシアンによる”KIMONO”問題をきっかけに日本でも注目が集まった。しかし、キム・カーダシアン自体はそれまでにもその問題に関する炎上騒ぎを起こしており、今回のNina Kravitz同様、コーンロウにした自分の写真をSNSで公開した際にSNSを炎上させている。  


この問題に関しては一般人よりもイメージ自体がビジネスになり得る有名人がえてして批判の的になりやすい傾向がある。文化の盗用を批判する人が気にくわないとするのは、マイノリティ文化を我が物のように振る舞う姿勢だ。そのため、「金儲けやイメージアップのためにマイノリティ文化を使っている」と思われているキム・カーダシアンのような人物は特に批判されやすい。  


文化の盗用か否かの線引きについては、書評サイト東雲製作所が「文化の盗用と関西弁」という記事で以下のような興味深い見解を示しているので考え方の参考としてご紹介したい。  


“例えば、外国人が日本語を話しているのに対し、文化の盗用だ! などと言う人はいない。日本語はパブリックドメインになっていて、誰でも自由に用いることができるという意識が共有されているからだ。スーツは元々英国の民族衣装だが、アジア人やアフリカ人がスーツを着ていても文化の盗用だなどと言われることはない。スーツもパブリックドメイン化しているからだ。 和服について日本人の多くはパブリックドメインだと考えている。従って、モデルがバッシングされている時、多くの日本人は理由が分からず戸惑っていた。おそらく、批判していた欧米人は、和服は日本人の私的な物であり、パブリックドメイン化されていないと思っていた。そのずれが欧米と日本での反応の違いを生み出したのではあるまいか” 


引用:東雲製作所 


この基準で考えると、文化の盗用は対象となるものがパブリックドメイン化されているか否かが鍵になってくるのではないだろうか?(先述のKIMONO問題の場合は少し話が違ってくるが本稿では一旦それは置いておいて)その観点でいえば、”コーンロウはネイティヴアメリカン、アジア人、ヨーロッパ人の文化にも古来から存在するものである”というNina Kravitzの主張はアフリカ系固有のものではなく、コーンロウがパブリックドメイン化されていると捉えられなくもない気がする(これに関してはその歴史的な事実が正しいことが前提ではあるが)。



多様化する価値観と並行して進む不寛容さの拡大の時代に考えていくべきこと  


ただ今回のことは文化の盗用騒ぎをきっかけに過去に遡り、人種差別問題へと批判がすり替わっているだけにこういった問題の解釈の仕方、捉え方の難しさを感じる。 多様化する価値観と並行して進む不寛容さの拡大。そして、そこから生まれる分断は現代社会における大きな課題だ。


社会的なルールが変容して行く中で、我々の価値観もポリティカルコレクトネスに沿ってアップデートされていくべきだが、この問題に寄せられた様々な意見を見ていると今後は何が本当に正しくてどのようにアップデートしていくべきかをより議論していく必要があるのではと思わされる。 


なお、文化の盗用問題については、以前block.fmでも取り上げている。気になった人は問題に対する考え方の参考のひとつにしてほしい。  


関連記事:なぜキム・カーダシアンは炎上したのか? SNSで批判される昨今の「文化の盗用」問題とは 音楽とファッションから考える


written by Jun Fukunaga 


source: 

https://www.youredm.com/2019/10/28/nina-kraviz-responds-to-accusations-of-racism-for-wearing-cornrows/

http://shinonomen.hatenablog.com/entry/2017/10/19/125347 


photo: Nina Kraviz Twitter 



SHARE