Joe Budden(ジョー・バドゥン)、HIP HOP界での「短気は損気」なエピソード

炎上商法が痛手に!?Joe Budden(ジョー・バドゥン)の喧嘩遍歴
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2018.05.26 05:47

Joe Budden、スローターハウスのメンバーとしても活動中


Joe Budden(ジョー・バドゥン)は、ソロのラッパーとして活躍する傍ら、人気ラッパー4人組のHIP HOPグループ「Slaughterhouse」(スローターハウス)のメンバーでもある。エミネムと仲が良い事でも知られるスローターハウスでの活動も見逃せないのである。


HIPHOP誌「Vibe」で喧嘩を売る




Joe Buddenは1980年8月生まれ。ニュージャージー州ジャージーシティ出身である。2003年6月にHIP HOP専門のレーベル、デフ・ジャム・レコーディングスから己の名を冠したアルバム「Joe Budden」をリリースしたところ、全米ビルボードアルバムチャートの8位を獲得。見事、シーンに躍り出た。


Joe Buddenには、少々あちこちでイザコザを起こすきらいがあり、それが暴力沙汰にまで発展したこともある。2009年、米HIP HOP誌のVibeが、ラッパーランキング企画を発表した。HIP HOP誌上、最高のラッパーを投票で決めよう、というのがその趣旨だ。まずVibe誌が選んだラッパー200人を4ブロックに分けてランク付けし、その後トーナメント式で一般投票をしようというものだった。そもそも気の荒い連中が多いHIP HOP界のこと。それをランク付けとは、乱暴な企画である。




危惧した通り、いさかいが起こった。Joe Buddenがトーナメント初戦で当たった相手がラキムだったのである。ラキムは1968年生まれの大御所。HIP HOP界で最も影響力を持つ1人とまで言われている実力者である。Joe Buddenは敗退を覚悟した。そして毒づいた。「俺はこれで負けるが、実際はここにリストアップされている大半のラッパーよりも俺の方が上だ」と。他のラッパーがその発言をよしとしなかったのは言うまでもない。


Joe Buddenは続けて、リストに載っていたウィル・スミスやMCハマーをラッパーとしては過去の人とディスった。

さらにはHIP HOPグループ、ウータン・クランの人気ラッパー、メソッド・マンにも、自分の方が上だと喧嘩を売り、ビーフに発展。ウータン・クラン一派の血気盛んな若手ラッパーたちの怒りに火をつけたのである。その後、事態は収束したかに見えたが、一度ついた火はくすぶり続けていたのだった。


事件は2009年8月、ライブの舞台裏で起こった。Joe Buddenはそのツアーライブをレイクウォンと一緒にまわっていたのだが、レイクウォンもウータン・クランの一員だったのである。レイクウォンは仲間と共にバック・ステージでJoe Buddenを囲み、うち1人が殴ったのだという。


番組「Everyday Struggle」で喧嘩を売る


Migosと険悪になったこともある。Migosは何度もチャート1位を記録し、プラチナディスクも獲得したHIP HOPトリオである。

2017年6月のことだ。Joe Buddenはもう1人のDJと共に人気HIP HOP番組「Everyday Struggle」のパーソナリティを務めていた。以前からゲストとの間に険悪なムードを作り出すことで定評があったJoe Budden。それがとうとうやらかしてしまったのだ。


それはMigosが登場した回の番組収録中に起こった。Joe BuddenがMigosへのインタビューの途中でマイクを投げ捨て、立ち去ろうとしたのである。これに反応してMigosも立ち上がり、現場は緊張に包まれた。その後Joe Buddenは釈明したが、事態は収まらず、MigosがJoe Buddenをディスった曲をリリースするなど、泥沼化。

結局2017年12月、Joe Buddenはこの番組を降板することになった。




HIP HOPグループ、スローターハウスでの活動


HIP HOPグループ、スローターハウスでの活動も順調なJoe Budden。2009年に1stアルバム「Slaughterhouse」でデビューして以来、着々と地位を築いている。

2012年にはエミネム監修の元で創られたアルバム「Welcome to Our House」が全米アルバムチャートで2位を記録。同年8月にはエミネムの日本公演に同行し、オープニングアクトとしてプレイしている。


Photo: https://www.facebook.com/officialjoebudden/

Written by 編集部


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