日本人ばなれした美声の男性シンガーJAY’ED(ジェイド)の過去を紐解く

JUJUの「明日がくるなら」でおなじみ!!JAY’ED(ジェイド)のキャリアを解説
SHARE
2018.09.18 01:30

JUJUの「明日がくるなら」でおなじみ!!JAY’ED(ジェイド)とは?


ニュージーランド出身の男性シンガー・JAY’ED(ジェイド)は、2009年春に発売されたJUJUとのコラボ曲「明日がくるなら」のヒットにより、一気に国民的人気を獲得した。その後もソロシンガーとして活躍を続けている彼の、これまでの歴史を振り返る。


シンガー・JAY’ED(ジェイド)の生い立ち



JAY’ED(ジェイド)は、1981年9月に生まれた南半球の島国・ニュージーランド出身の男性シンガーである。日本人離れしたホリの深いイケメンである彼は、日本人の父とニュージーランド人の母のもとに生まれたハーフで、本名はJade Goto(ジェイド・ゴトウ)という。なお、JAY’EDというアーティストネームは本名のスペルと違いがあるが、古き良きものを受け入れられる歌手を目指すと意味で過去形を表す「ed」が入っている。JAY’ED(ジェイド)は、ニュージーランドという国を主に構成する2つの島の中で、南側の島の最南端に位置するインバカーギル(Invercargill)という都市で生まれ育った。しかし、1990年代前半に父親の母国である日本に移住して10歳から大阪府箕面市で暮らしてきた歴史をもつため、日本語をあまり話せない帰国子女とは違って日本語が堪能である。



インディーズで活躍して26歳でメジャーデビュー



10代半ばからR&Bやクラブミュージックに傾倒していき、17歳の頃から音楽をスタート。そして、DOBERMAN INC(現在のDOBERMAN INFINITY) を中心としたヒップホップ集団「D-ST.ENT.」のメンバーとして活動開始。インディーズの世界にて2000年代半ばにソロシンガー活動やコラボ音楽活動にて頭角を表すようになり、26歳にしてようやくメジャーデビューが決まった。所属する事が決まったレコード会社はMr.ChildrenやMY LITTLE LOVERなどが所属している事で有名なTOY'S FACTORYで、2008年5月にシングル「Superwoman」でデビューを果たす。


JUJUとのコラボ曲によって国民的な人気を獲得



2008年春のデビュー以来、ソロシンガーとして順調なキャリアを築いてきた一方で、ブレイクしたといえるほどの活躍はまだ出来ていなかったJAY’ED。そんな彼は、2009年に入って思わぬ形で全国的な人気・知名度を獲得する事になる。2008年から2009年初頭にかけてヒット曲を連発して音楽業界を席巻していたJUJUとのコラボ話が持ち上がり、彼女の2009年4月発売のシングルへの参加が決定。2009年4月に発売されたJUJU with JAY'ED名義の「明日がくるなら」は、主題歌として使われた映画「余命1ヶ月の花嫁」の大ヒット効果もあってオリコン最高2位を獲得。さらに映画の上映がピークを過ぎてからも主題歌である「明日がくるなら」はロングヒットを続けて2009年を代表するヒット曲の一つに数えられるほどの曲に。


年末には第51回日本レコード大賞にて作曲賞を受賞したことにより、授賞式に参加してJUJUと共にパフォーマンスを披露した。その他、2009年12月には多数の音楽特番にJUJUと共に出演して素晴らしい歌声を披露したことにより、JAY’ED(ジェイド)の人気・知名度は飛躍的に向上した。なお、第51回日本レコード大賞・作曲賞を受賞した「明日がくるなら」はJUJUが単独した曲ではなく、JAY’ED(ジェイド)も共作者の一人である。


ATSUSHIの誘いでLDH所属に



EXILEのメンバー達が立ち上げたLDHという会社は、2010年に入って巨大な音楽関連企業にまで成長している。JAY’ED(ジェイド)は、知り合いであるEXILEのシンガー・ATSUSHIの誘いを受けて、2016年にそのLDHに加入した。そして、2017年にはATSUSHIとの共同プロデュースにてLDH加入後初のアルバム「Here I Stand」すると、このアルバムがスマッシュヒットを記録。なお、EXILEやLDH所属アーティストは積極的にコラボを行う事で有名なため、ソロのほかコラボにて新たなメガヒット曲を生み出す可能性があるJAY’EDの活動からは目が離せない。


Photo: https://www.facebook.com/jadegoto/

Written by 編集部


SHARE