テクノとダンスミュージックの立役者、石野卓球の活動の数々について

テクノシーンの第一人者、石野卓球とは
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2018.06.13 02:07

テクノ・シーンの第一人者、石野卓球とは


日本のテクノ・シーンの第一人者である石野卓球は、電気グルーヴとしての活躍はもとより、DJ、ソロアーティストとしてもカルト的な人気を博しているミュージシャンである。今回、そんな彼の活動の数々について紹介していく。




日本のテクノ・シーンを牽引する石野卓球


1990年代初頭の日本のテクノ・シーン黎明期から現在まで、唯一無二のアーティストとして君臨しているのは石野卓球である。1989年にピエール瀧とテクノバンドの「電気グルーヴ」を結成し、数回のライブとインディーズのCDをリリースした後、ソニーレコードから声がかかり、メジャーデビューを果たす。電気グルーヴは、テクノバンドというよりもラップの要素が強かったが、あくまでもエレクトロニックミュージックをポリシーに独自の路線を走り抜け、オカルト的な人気を誇るようになった。


石野卓球は電気グルーブとしての活動はもとより、ソロ活動も活発に行っており、DJ、そしてソロアーティストとしての才能も発揮している。特にヨーロッパを中心に海外活動を行っており、1994年にリリースした「PULSEMAN VS SINEMAN」がクラブヒットを記録し、多くのアーティストのコンピレーションアルバムに収録されることになる。


1998年には、ベルリンで行われた世界最大のテクノフェスティバル「ラブパレード」で100万人の聴衆を前に自身の楽曲を披露した。国内のアーティストはもとより、海外のアーティストからもリスペクトを受けており、その影響力は絶大である。




石野卓球が発案した、日本最大級のテクノイベント


日本の三大ロックフェスと言えば、フジロック、ロックインジャパン、サマーソニックである。かつて、これに加えて最後の夏フェスと呼ばれる「WIRE」があった。2013年を最後に行われていないが、毎年8月下旬から9月上旬にかけてWIREは開催されてきた。初開催は、1999年7月3日、発案者は石野卓球である。横浜アリーナを会場にして、入場料1万円、一晩に渡って行われるという、日本初のレイブイベントとして注目を浴びた。レイブとは、大音量でダンスミュージックを流すパーティーイベントで、発祥は1980年代のイギリスで、その後世界中に広まることになる。その中でもドイツ・ベルリンで行われる「ラブパレード」は100万人以上が集まる世界最大の野外レイブイベントになった。ちなみに、石野卓球もこのラブパレードに出演し、Final Gatheringで曲を披露している。レイブイベントに参加したことで石野卓球はWIREの着想を得て、日本初の試みとなるレイブイベントを開催することになった。


WIREがこれまでの音楽イベントと異なっているのは、会場に無音の時間が存在していないことである。夜8時に開場すると同時に開演となり、翌朝の6時まで音楽が鳴り続けた。また、参加者が一人ひとり踊れるスペースを確保できるように配慮したのも石野卓球である。会場は鉄の柵で細かく区切られており、来場者は手にスタンプを押してもらい、指定されたブロックに入り、自由な空間で音楽とダンスを楽しむというスタイルが取られた。


WIREは、当初音楽業界では無謀なイベントであると見られていたようだ。というのも、10時間という長丁場に入場料は1万円と高額で、テクノというメジャーではない音楽に一体どれだけ人が集まるのかと言われていた。だが、フタを開けてみると、当日は開場前から長蛇の列ができ、収容人数1万人の横浜アリーナが満杯になったのである。それ以降、WIREは定期的に開催されるようになり、大成功を収めた。


電気グルーヴ、DJ、そしてソロアーティストとしても活躍する石野卓球は、テクノ・ダンスミュージックの立役者であり、国内外を問わずたくさんのアーティストに影響を与え続けている。




photo: https://www.facebook.com/pg/TakkyuIshino.Official/photos/?ref=page_internal 


written by 編集部

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