ヒップホップ業界に衝撃を与えたDr. Dre(ドクター・ドレ)の歴史的名盤「2001」とは?

後のヒップホップに最も影響を与えた名盤、Dr. Dre(ドクター・ドレ)の「2001」とは?
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2018.07.29 12:38

「2001」は後のヒップホップに影響を与えた名盤だ



ラッパーのDr. Dreが発表した「2001」というアルバムはただ大ヒットしただけでなく、後のヒップホップにも大きな影響を与えた。今回は「2001」がどんなアルバムで、どのようなプロセスによって制作されていったのかを解説する。


「2001」はどのような魅力があるアルバムか



Dr. Dreのセカンドアルバムである「2001」は、1999年に発表された。22曲収録とボリュームの多い作品だが、曲をただ寄せ集めたような内容ではなく最初から最後まで考えられた構成になっている。クラブでプレイされることが多い「Still D.R.E」はラッパーのスヌープドックをフューチャーさせたクラシック曲だ。Soul Mann 6 The BrothersによるBumpys Lamentをサンプリングソースに使用した、「Xxplosive」などの楽曲も人気である。


 さらに「2001」は、それまでのヒップホップ全体の流れを変えてしまったことでも有名だ。これまで主流だった90年代のサウンドから最新の2000年代にサウンドを作り出し、業界に大きな影響を与えた。90年代はブームバップと呼ばれるようなサウンドだったが、ピアノの生音などを取り入れたことで新しいヒップホップを生み出した。「2001」が発表されたからしばらくは、Dr. Dreのアルバムを模倣したドラムサウンドが他のラッパーの作品でも多く聴かれた。


ラッパーのDr.Dreは「2001」で復活した



ソロデビューとなったアルバムの「The Chronic」に続いて、セカンドアルバムは「Chronic 2000」というタイトルになるはずだった。しかし、Dr. Dreが以前在籍していたデスロウレコードでもその名前が出ていたので、シュグ・ナイトが権利をすでに取得していた。そのため、Chronic 2000よりさらに1つ上の作品だという意味を込めて、「2001」というタイトルがついた。1999年にリリースされたにもかかわらず、「2001」というタイトルになったのはこれが理由だ。


 また、1992年にファーストアルバムをリリースしてから、セカンドアルバムを発表する1999年まで長い期間があるが活動していなかったわけではなく、多くのプロデュースを行っていた。特にスヌープドッグのDoggyStyleと2Pacの「California Love」は、有名な作品である。ラッパーとしてだけでなく、プロデューサーとしても優れているのがDr. Dreだ。しかし、デスロウレコードに在籍していた時代と比較すると大きなヒットにはならず、当時のメディアではDr. Dreにプロデュース力の疑う声が出てきた。そんな時に発表した「2001」は大ヒットし、Dr. Dreはラッパーとして完全復活を果たした。「2001」は最初の週だけで516,000出荷され、ファーストアルバムを超えるヒットになった。


Dr.Dreと一緒にアルバムを作成したミュージシャン


「2001」を作成する際に大きな役割を担ったのがスコットストーチである。ヒップホップバンドのThe Rootsの元メンバーであった彼は、自身の演奏によって「2001」でも数多くのフレーズを作成している。ピアノのフレーズが有名なStill Dreはスコットストーチが生み出したものだ。また、Still DreのリリックはラッパーのJay ZがDr. Dreと一緒になって書いたものである。


 さらに、「2001」を作成する際は楽器隊にポケベルを持たせていた。Dr. Dreがアルバム作成をしたいと思ったらポケベルが鳴り、ミュージシャンが集まる。ドラムマシーンをDr. Dreが叩いて作り出したビートにあわせ自由に演奏し、気になるフレーズがあればそのパートの改善していくという作業方針がとられた。このように生演奏が重視された「2001」であるがサンプリングを全く使わないわけではなく、「The Next Episode」などでは有効活用されている。


Photo: https://www.facebook.com/DrDre/


Written by 編集部

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