今でも愛されている往年のディスコナンバーを紹介!!

長く続いたディスコの人気を象徴する往年のディスコナンバーをご紹介!!
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2018.07.15 13:19

長く続いたディスコの人気


1970年代後半から1990年代前半まで、多少の人気の昇降はあったものの日本では長くディスコブームと呼ばれるものが存在した。そして、その間にはたくさんの素晴らしい往年のディスコナンバーが誕生し、それらの往年のナンバーは今でも愛され続けている。そんな中から代表的なものをいくつか紹介する。


Bee Gees「Night Fever」「Stayin' Alive」-サタデイ・ナイト・フィーバーのテーマ



1977年にアメリカで公開されたジョン・トラボルタ主演のディスコをテーマにした映画「Saturday Night Fever」は世界中で大ヒットを記録した。翌年、日本でも公開されると、ディスコに通うという文化の格好良さに若者が強い憧れをもつようになり、この映画をきっかけに日本ではディスコブームが起こった。


そして、この伝説の映画で使用されていたディスコミュージックを収録したサウンドトラックも世界中で空前のメガヒットを記録する。そのサウンドトラックに収録されていて、映画でも印象的な場面で流れるビージーズの「Night Fever」「Stayin' Alive」は名曲中の名曲で、レコード売上に大きく貢献した。そして、現在でもディスコブーム初期を代表する往年の名曲として、テレビ・ラジオなどでディスコや1970年代後半の文化に関する特集が組まれる際にはよく曲が流れる。


ジュリアナ東京のテーマソングMAXIMIZOR「Can't Undo This!!」



1995年秋頃、様々な流行の発信源となっていた木村拓哉が「ディスコという呼称はもう古く、今はクラブと呼ぶ時代だ」と主張したことがある。当時、絶大な影響力を誇っていた彼のその一言の影響もあって、1996年頃からディスコという呼称は死語と化してクラブという呼称が完全に定着した。しかし、1990年代前半の間ではまだディスコという呼称が一般的で、ディスコブーム末期において大きく人気を支えたのが1991年春に港区の芝浦地区にオープンしたジュリアナ東京である。この大規模なディスコは、日経平均株価が1989年末に最高値をつけたのち、日経平均株価がどんどん下落していく中でオープンした。ただ、1991年・1992年の時点の日本はまだまだバブル景気の状態の中にあり、ボディコンの衣装を着て扇子をもち、お立ち台の上で踊ることを若い女性達の間で大ブームとなった。


そして、このディスコに関連するサウンドトラック的なCDも多数リリースされたが、その中でもMAXIMIZOR「Can't Undo This!!」という曲はこのディスコに関する曲の代名詞となる。当時からテレビなどでジュリアナ東京ブームに関する特集などが組まれる際は必ずBGMとしてこの曲が流れ、国民誰もが知っているというほど知名度の高い曲となった。また、たくさん存在するディスコミュージックの中でもこの曲は最も知名度が高い往年の名曲であるため、現代においても、ディスコに関するBGMが必要な際はこの往年の名曲が使用される事が多い。


TRF「EZ DO DANCE」



ディスコミュージックに強く、1990年代前半に都内の有名ディスコと提携して様々な事業を行っていたレコード会社・avex。その中で、小室哲哉プロデュースのユニット・TRFは様々な素晴らしいダンスミュージック・ディスコミュージックを発表してきたことで知られる。また、彼らは様々なディスコにて積極にライブを開催してきたことでも知られ、ディスコとはこのユニットは切り離せない関係にあった。そんなTRFのディスコ系の曲の中でも圧倒的な人気を誇るのが、1993年に発表されて口コミでじわじわと火がつき、ロングヒットを記録した「EZ DO DANCE」である。この曲は、小室哲哉の高い能力に加えてDJ KOOの優れた能力がいかんなく発揮された曲で、イントロや間奏で登場するDJ KOOの声が見事にこの曲のクオリティを高めている。そして、1990年代前半のディスコシーンを盛り上げた往年の名曲として、この曲もまた愛され続けている。


Photo: https://www.pexels.com/


Written by 編集部

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