【レビュー】Daichi Yamamoto『Elephant In My Room』が紡ぐノスタルジー

京都の実家に籠もって制作されたという最新EP『Elephant In My Room』を聴く。
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2020.08.28 03:00

Written by Tomohisa Mochizuki


通常ならこの時期は夏フェスの取材で大忙し。しかし、今年の夏は人に会うことがない。あちこちをバックパッカーのようにリュックを背負ってカウチサーフィンしていた例年とは一変して、田舎の片隅で、実家のダイニングに腰をおろしてお盆前にお墓の草取りをしたり、晴耕雨読の日常を過ごしている。日々を彩る音楽の中で、ここ最近お気に入りなのはPop Smokeの遺作にしてデビューアルバム『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』とAminéの『Limbo』、盆にリリースされたDaichi Yamamoto『Elephant In My Room』である。





懐かしさと新しさに引き込まれるDaichi YamamotoのEP『Elephant In My Room』が持つ不思議なパワー


京都Jazzy SportのラッパーDaichi Yamamoto。彼は2012年からロンドン芸術大学にてインタラクティブ・アートを学んだ経験があり、フランスのワイン会社とコラボしたアート作品"Dégorgement"や、Pongのバー操作を声の高低で行う"Voice Pong"、レコードを継ぎ接ぎして新たな一枚のレコードへと作り変える"Broken Records"などを制作し、展示を行っているなどインタラクティブアーティストとしての側面を持っている。


パフォーマーとリスナー、双方向の関係性やその表現は鑑賞者を意識しているのを今までの作品からも強く感じていたし、それこそがラッパーDaichi Yamamotoの魅力でもある。常に外に向け、双方向のコミュニケーションを前提としながらも、今回のEPではDaichi Yamamotoのパーソナルな内側がパッケージされているように思った。コロナ禍において、京都の実家に籠もって制作されたというEP全編を通して、自身のバックボーンから受けてきた差別や偏見といったことも内包しつつ、ノスタルジーとともにポジティヴに昇華している。


『Elephant In My Room』。“Elephant In the room”だと、(空気を読んで)触れてはいけない話題、タブー、見て見ぬフリすること、を意味する言葉らしい。Daichi Yamamotoの場合は、堀 裕輝が手掛けたジャケットヴィジュアルと公開された「Blueberry」のMVで象徴的に映し出されているレコーディングマイクだろうか。


このマイクを通じて紡がれたラップが、EPの中に込められた“Elephant(タブーもしくは聖域とも言い換えられないだろうか)”そのものとして存在している。このEPでの聖域は生々しく綴られた“記憶”であり“経験”だ。Daichi Yamamotoの声とともに届けられる、記憶と経験の文学がノスタルジーを伴って聴く者にも作用する。




ボーカルとラップ、そしてビートが描くDaichi Yamamotoの多様な表情


八村塁出演、リポビタンDのCM曲として使われたKMプロデュースの「Splash」はEPの最初の曲にしてもっともハードな楽曲。KMらしい重低音にDaichi Yamamotoの声がシンクロし、ラストバースは転調するトラックに合わせてギアを上げて畳みかけられるラップがハイライト。


続く「Netsukikyu」はスローなトラックに低音のラップ、ハイキーなボーカルとファルセットのコントラストが美しい楽曲だ。自身のルーツのひとつであるレゲエの要素もミクスチャーしているのが新鮮。


Kanye Westのソウルボーカルネタ使いな2000年代前半の雰囲気を携えているスムースチューン「Ajisai」。日本で言えばI-DeAがプロデュースしたSEEDAやSCARSの楽曲を彷彿とさせる。


MVが公開された「Blueberry」はピアノリフが印象的なジャジートラックの上を哀愁漂うリリックが彩る。自身の経験から甘く切ないラブストーリーが展開されていく。そして続くのは5lackとの「Radio」。CassidyのR. Kellyをフィーチャリングした「Hotel」のようなギターのリフで綴るブルースだ。2人の掛け合いの相性も素晴らしい。憂いを帯びたラップをさせたらこの2人、かなり渋い。


「Spotless」は自身が作曲したトラックで、この楽曲も「Ajisai」と同様にボーカルとラップを織り交ぜている。KID FRESINOをフィーチャーした「Let It Be」のように今までも歌うようにラップする楽曲はあったが、ローボイスの延長戦上で行われていたがガラっと雰囲気の変わる、一見、別のアーティストが歌っているこの二刀流スタイルは、本作でDaichi Yamamotoの魅力と表現の幅を広げることに成功し、楽曲に対して効果的にアプローチされていると言っていいだろう。





“記憶”という聖域に触れるインタラクティブアート


冒頭に挙げたPop Smokeのアルバム『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』の面白いところは、2000年代にブレイクした50 Cent(アルバムのプロデュースに参加)を筆頭としたG-Unit軍団のような雰囲気を感じさせるところだ。懐かしくもあり、当時を知らない人には新鮮に聴こえるのかもしれない。当時、僕がMTVでチェックしていたNYのラッパーたちは50 CentとG-Unitを中心として、Ja Rule、Jadakiss、Terror SquadのFat Joeなんかとビーフをバラ撒きながら盛り上がっていた印象がある。NYといえば2000年代後半のFabolousやMainoも好きだった。


そんな懐かしい雰囲気を当時まだ幼かったPop Smokeが再現している。「Got It On Me」では50 Cent「Many Men」のフレーズをまんま引用していたり、「Something Special」ではFabolousの「Into You」(Tamia「So Into You」)、「What You Know Bout Love」ではGinuwineの「Differences」を大胆にサンプリング。2000年代どころかPop Smokeが生まれてまもない、もしくは生まれる以前の楽曲まで遡ってネタ使いされているのである。時代を経ても色あせない名曲と受け継がれ、より洗練され進化していくヒップホップの強度をあらためて実感した次第だ。


以前の記事で紹介した際にも書いたが『Limbo』も同様に、懐かしさと新しさが同居したアルバムだ。このノスタルジックな感情は当時をリアルタイムに体感していなくても間接的に人の耳や記憶に染みついている。それが若い世代のリスナーやAminéやPop Smokeのような若い世代のアーティストにも無自覚、無意識の内に刷り込まれているような気がしてならない。


Daichi Yamamotoの『Elephant In My Room』にも同じような感覚を覚えた。オーセンティックなヒップホップビートが好きなリスナーのことを“ブーンバップ爺”なんて揶揄する言葉があるみたいだけれど、なんかそれとは違うんだよな。


Daichi Yamamotoのベースのような、心地のいいリズミカルな低音のラップと、KM、grooveman Spot、QUNIMUNE、アメリカ・LAのプロデューサーFlat Stanley、そして5lackという気鋭のプロデューサーたちによるサウンドの融合は、まさしく時間という概念を超越し時代に翻弄されることなく聴ける強度を持った楽曲が収録されている。強烈に印象に残るころはなくても、ことあるごとに思い返すようないわゆる“イヤーワーム”現象を起こすような作品が長い間楽しまれる作品ではないだろうかと思う。


部屋の中で紡がれた、Daichi Yamamotoのヒストリーは本来アンタッチャブルな聖域だ。音楽作品としてパッケージすることでサウンドやリリックから聴く者の思い出、記憶を呼び起こし、ノスタルジーな感情を伴ってシンパシーを生み出す。『Elephant In My Room』は今の日本における自粛ムード=外出や密になることのタブーを逆手にとった、Daichi Yamamotoなりのコロナ禍におけるコミュニケーション方法、インタラクティブアートの一環なのかもしれない。




▶Elephant In My Room/Daichi Yamamoto


リリース:2020年8月12日(水)

レーベル:Jazzy Sport


収録曲:

1.Splash (Prod. KM)

2.Netsukikyu (Prod. grooveman Spot)

3.Ajisai (Prod. Flat Stanley)

4.Blueberry (Prod. QUNIMUNE)

5.Radio Feat. 5lack (Prod. 5lack)

6.Spotless (Prod. Daichi Yamamoto)


配信URL:https://linkco.re/Pu6rqVcN




▶Daichi Yamamoto


1993年京都市生まれのラッパー/美術家。日本人の父とジャマイカ人の母を持つ。18歳からラップとビートメイキングを始め、京都を中心にライブを行う。近年、SoundCloud上に発表した音源が話題を呼び、JJJ(Fla$hBackS)やAaron Choulai、Kojoe、The Nostalgia Factoryらとコラボした楽曲を次々に発表。Eleking誌のインタビューで、Olive Oilが「好きなラッパー」として言及するなど、注目が高まっている。

また、2012年からロンドン芸術大学にてインタラクティブ・アートを学び、フランスのワイン会社とコラボしたアート作品"Dégorgement"や、Pongのバー操作を声の高低で行う"Voice Pong"を制作。後者はロンドン・サイエンス・ミュージアムにて展示が行われた。さらに今年、数枚のレコードを継ぎ接ぎして新たな一枚のレコードへと作り変えた作品"Broken Records"を、スウェーデン出身のシンガーtoffeのリリースパーティーで展示。鑑賞者をパフォーマーへと変える彼のインスタレーション作品には、ラッパー=パフォーマーとしての経験が反映されており、アーティスト側からも高い評価を得ている。


Photo:daichibarnett.com





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