宇多田ヒカル「One Last Kiss」の共同プロデューサー、A. G. Cookとはどんな人物なのか? その正体に迫る

"バブルガムベース"、"Hyperpop"、"おすすめ曲"などをキーワードにA. G. Cookの正体を解き明かしていく。
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2021.03.24 10:00

3月8日に封切りとなったアニメ映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。同作は人気アニメシリーズの完結編として、公開前からファンの注目を集めたが、3月22日の東映の発表によると公開から14日間で興行収入49億3499万6800円、観客動員数322万2873人を記録しており、今後もさらに増加が見込まれる空前の大ヒット作になっている。


また、これまでにシリーズのテーマソングを手掛けてきた宇多田ヒカルが再び担当した同作のテーマソング「One Last Kiss」と同曲を収録した最新EP『One Last Kiss』も、ダウンロード、フィジカルリリースともにセールスは好調で、3月22日付けのBillboardのアルバムチャートで1位を獲得。同日付けのオリコンランキングでもデジタルシングル、デジタルアルバム2部門同時1位、フィジカルのセールスとあわせた3/22付週間合算アルバムランキングでも1位を獲得したほか、YouTubeで公開されたMVもすでに再生回数1500万回を突破(3月23日現在は1680万回)したことが明らかになっている。





さらに各種ストリーミングサービスでも好調な再生数を記録しており、Apple Musicアルバムランキング、プレイリストランキングで1位、Spotify Japanの急上昇チャートで1位、LINE MUSICでも1位を獲得。海外のストリーミングサービスでも韓国、中国、マカオ、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシアなどアジアを中心に9カ国・地域にてJ-POPチャート1位のほか総合チャートでもTOP100入りを果たすなど、ワールドワイドに年代を超えて幅広い層へ広がりを見せている。 


そんな大ヒット曲となっている「One Last Kiss」だが、リリース当初、音楽ファンの間で注目を集めたのは、同曲の共同プロデューサーとしてイギリスを拠点に活動するプロデューサーのA. G. Cookがクレジットされていたことだ。A. G. Cookは、一部の音楽好きの間では、ロンドンのレーベル「PC Music」の運営者や近年はイギリスのポップスター、Charli XCXのプロデューサーとしても知られているものの、多くの人にとってはあまり馴染みのない人物であるに違いない。そこで本稿では、"A. G. Cookとはどんなプロデューサー、アーティストなのか?"について、いくつかのキーワードを交えながらその正体を紐解いていきたい。


photo: A.G. Cook Facebook


"バブルガム・ベース"の旗手として音楽シーンに登場 


1990年ロンドン生まれのA. G. Cookは、自身が現在も運営するレーベル「PC Music」を2013年に設立。それ以前には、のちにPC Musicにも参加する同じくロンドン出身のプロデューサーDanny L HarleとともにDux Contentとしても活動していたが、「普段音楽を作らない人をレコーディングして、メジャーアーティストのように扱う」ことを目的に先述の「PC Music」をネットレーベルとして設立し、A&Rの役割も担っていた。 


PC Musicでは、イギリス人シンガーのHannah Diamondをフィーチャーした自身のソロ曲「Keri Baby」を2014年にリリース。同曲はポップスの王道的なエッセンスとグリッチなボーカルを用いた作風かつ、Hannah Diamondをデジタルな存在として描く独特のコンセプトで注目を集めた。また、同年には続くシングルとして「Beautiful」がリリースされているが、こちらは、90年代初頭に人気を博したユーロダンスを基調にしたピッチシフトしたハイピッチヴォーカル、UKハードハウスに影響を受けたサウンドが特徴的なものになっている。


 


こういったA. G. Cookをはじめ、「PC Music」のサウンドはこの頃に"バブルガム・ベース"と呼ばれた。バブルガム・ベースは、60年代〜70年代に流行したバブルガム・ポップを思わせるキャッチーなメロディーに加えて、ユーロダンス、グライムなどのベースミュージック、ハッピーハードコア、さらにはK-POPやJ-POP、メインストリームのポップスなど様々な音楽ジャンルの要素が複雑に組み合わさった折衷的な音楽ジャンル。そのほかに日本のKawaii文化の影響も受けており、その要素もジャンルの美意識のひとつに数えられている。 


また、音楽的な特徴としてよく挙げられるのは、独特のヴォーカルの使い方だ。バブルガム・ベースでは、ハイピッチシフト、グリッチなど様々な形でヴォーカルが徹底的に加工されて楽曲に用いられるが、これは消費主義、拝金主義、ジェンダーのポストアイロニックな表現方法としての意味合いも持っている(こういった加工されたヴォーカル使いは、A. G. Cookとともにバブルガム・ベースを盛り上げたSOPHIEの楽曲にも見られ、のちに続くHyperpopにも受け継がれているがこれはアーティストが二元的な性別の区別を曖昧にし、自分のアイデンティティを匿名化するための手法だとも言われている)。


メインストリームへの進出 


A. G. Cookは、2017年にCharli XCXがリリースしたミックステープ『Number 1 Angel』をSOPHIE、Danny L HarleらPC Musicの界隈のアーティストたちとともプロデュースしたことをきっかけにメインストリームに進出。同じくCharli XCXが同年にリリースした『POP 2』にもプロデューサーの1人として参加し、それ以降も彼女の3枚目のアルバム『Charli』や昨年リリースされたアルバム『How I'm Feeling Now』で共同エグゼクティヴプロデューサーを務めるなど、Charli XCXのコラボレーターとしてのイメージを強めていった。


 


満を持してのデビューアルバム、7枚組49曲収録『7G』リリース 


そして、2020年8月には満を持してのデビューアルバムで、7枚組49曲、収録時間が2時間39分にも及ぶ超大作『7G』をリリース。同作は、ドラム、ギター、スーパーソー、ピアノ、ノード、スポークンワード、エクストリームヴォーカルの7つのパートで構成されており、トランス、テクノ、カントリー、メタル、グランジ、パンク、IDM、2step、ドリルンベースからプログレッシヴエレクトロニックまで多岐に渡るジャンルの曲が収録されている。また、A. G. Cookのオリジナル曲だけでなく、Blurの「Beetlebum」をはじめ、The Strokes「The End Has No End」、The Smashing Pumpkins「Today」、Taylor Swift「The Best Day」、Sia「Chandelier」、さらには自身のコラボレーターでもあるCharli XCX「Official」といったカバー曲も収録されている。


  


さらにこの年には『7G』リリースから約1ヶ月後に2ndアルバムとなる『Apple』もリリース。こちらでは、トランス、インディーポップ、エレクトロポップ、ロック、トラップ、ユーロダンス、ローファイ、シンセウェーヴに加えて、脱構築的なクラブサウンド(ジャージークラブ、ボルチモア・ブレイクス、フットワークなどに代表されるクラブミュージックのサブジャンル)の要素が散りばめられた作品になっている。


 


Hyperpopの始祖 


テン年代にはVaporwave、Synthwave、Wave、SoundCloud Rap、Futurefunkなど様々なジャンルの音楽がインターネット上で勃興したが、そういった流れの中で、近年もっとも注目を集めているのがHyperpopだ。Hyperpopには、A. G. CookらPC Music周辺のアーティストがかつて標榜したバブルガムベースがその源流にあると見られていることから、そのシーンを代表するA.G. CookやSOPHIEは、Hyperpopにとっての始祖的な扱いを受けている。例えば、YouTubeにはすでにいくつかのHyperpopを解説する動画が存在するが、そういった動画でも彼らはジャンルの"始祖"として紹介されている。


  また、

Hyperpopは、バブルガム・ベースがルーツになっていることから同ジャンル同様、様々なジャンルの音楽性が複雑に混ざり合った脱構築的な音楽性や、加工されたヴォーカルなど共通項も多く、最近のA. G. Cookの『7G』、『Apple』や彼が手掛けたCharli XCX作品などもこのジャンルの作品に数えられることがある。


A. G. Cookのおすすめ曲


最後にA. G. Cookのおすすめ曲をご紹介したい。 


QT - Hey QT 


A.G. CookとSOPHIEというバブルガム・ベースの2大巨塔とアメリカ人シンガーのHayden Frances Dunhamによる音楽プロジェクト「QT」のデビューシングルとして2014年にリリースされたのが「Hey QT」という楽曲。変則的なビートとピッチシフトされたヴォーカルが印象的なPC Music印のダンスポップナンバーで、実際に歌っているのはHayden Frances Dunhamではなく、別のシンガーでそのヴォーカルが加工されて使われている。

    


Oneohtrix Point Never - Sticky Drama (A. G. Cook Remix) 


最近ではThe Weekndのコラボレーターとしても活躍中のエクスペリメンタルアーティストOneohtrix Point Neverのアルバム『Garden of Delete』の人気曲をA. G. Cookがリミックス。原曲よりもさらにエクスペリメンタルさが増した印象を受けるが終盤のピアノと原曲のヴォーカルの組み合わせはどことなくPC Musicさを感じさせる部分になっている。ちなみにOneohtrix Point Neverは、A. G. Cookの『7G』収録曲「Lil Song」にも参加している。


    


Charli XCX - Let U Down (feat. Lil Peep) 


元々はA. G. Cookが手掛けたCharli XCXの2017年のミックステープ『POP 2』収録曲だったが、Lil Peepが同年死去したことを受けてお蔵入りになったレア曲。2020年にファンの手によって発掘された。キャッチーなCharli XCXのヴォーカルとは裏腹にダークかつベーシーなサウンドが特徴。


   


Charli XCX & Christine and the Queens - Gone 


Charli XCXの3rdアルバム『Charli』曲で、A. G. Cookがプロデュースを担当。フランスのポップスターで、クィアアーティストのChristine and the Queensとのコラボ曲は、かなりChristine and the Queensの音楽性に寄せた印象を受けるシンセポップに。この曲にはNina Kravizによるテッキーなリミックスも存在するので、テクノヘッズはそちらも要チェック!


   


A. G. Cook - Undying 


昨年リリースされた『7G』のギターがテーマのディスク2「A.G.Guitar」収録曲。American Footballのようなエモ/ポストロックなトラックは、前半の流麗なギターと後半の歪んだギターのコントラストが印象的。A.G. Cookによるマシーン・ポストロックとでも称したい1曲だ。

   

written by Jun Fukunaga

source:
https://www.oricon.co.jp/news/2187829/full/
https://www.utadahikaru.jp/news/detail.html?id=527869



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