Starleyは「Call On Me」の大ヒットで脚光を浴びたシンガーソングライター

Starleyとは?
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2020.02.18 02:00

Starleyとは?


Starley(スターリー)とは、英語圏を中心に活躍している女性シンガーソングライターだ。2016年に発売した「Call on Me」が楽曲、Remixともに世界中で大ヒットしたことで著名な存在である。ここでは、そんなStarleyについて、彼女の人となりや「Call on Me」についてプロフィールなどと共に迫っていく。





Starleyってどんな人? 大ヒットした「Call On Me」とは?


Starleyは、本名をStarley Hopeといい1987年にオーストラリアのシドニーで生まれた。代表曲に「Call On Me」があり、2019年10月では、32歳を迎えている。成人するまでをオーストラリアで育った彼女は、シンガーソングライターとしての夢を持ち、それを叶えるためにロンドンへと活動拠点を移した。しかし、そこで彼女は、多くの苦悩と挫折に遭い、長年の努力と犠牲が報われない事を確認することとなる。そして、ロンドンから故郷のオーストラリアへと、彼女いわく本当の仕事を見つけるために帰った。しかしながら、その前に最後のショットを打ち込んでやると意欲を持ち、最後のショット(楽曲)を打ち込んだ。幸運にも、その最後のショットによって彼女の人生は、大きく変化することとなる。


そうこうして、2016年7月29日に「Tinted Records」からのデビュー曲である「Call On Me」が発表された。色鮮やかなてんとう虫がジャケットに写ったこの楽曲は、当初配信ダウンロート限定曲であった。しかし、3ヶ月後の2016年10月13日にはCDでも発売され、Billboardをはじめとするチャート世界的に好記録を達成するのである。Starley自身も、この曲がヒットするとはまったく期待していなかったという。発売されて以来ネット上で広まった同曲は、Odd Mob(オッド・モブ)やEDWYNN x TIKAL x Spirix(エドウィン・ティカル・スピリックス)、Ryan Riback(ライアン・リバック)にHella(ヘラ)といった主にオセアニア地域のDJ、プロデューサーによって様々なリミックスが挑戦された。


中でもこの曲の大ヒットにも貢献したとも評されるのが、オーストラリアの人気DJであるRyan Ribackによるリミックスだ。Starleyのスタイルと「Call On Me」原曲の曲調は決して明るいモノではないとされている。ただこのRyan RibackというDJはどこか陶酔感のあるようなリゾート系の曲を得意とするDJであったこともあり、リミックスも原曲とは正反対の方向でおこなわれた大ヒットを記録した。Starleyはこのリミックスを神が手助けしてくれた奇跡と語っている。


「Call On Me」は主に音楽のサブスクリプションサービスで人気を博した。「Call On Me」を発表する前にも彼女の曲は、配信されていたが、そのリスナー数は大げさではなく0人だったという。それが、曲が広まるごとに10、100、1000と増え、Ryan Ribackによるリミックスが発表されると勢いはブーストし、ついには月間のリスナー数が700万を超え最終的に月間のリスナー数が、数千万にまで達し、2019年では総再生数は5億回を突破した。このことから彼女はサブスクリプションで成功したシンガーソングライターとしても有名である。同曲はサブスクリプションはもちろんのことオーストラリア、米国、英国、オーストリア、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、アイルランド、ドイツ、イタリア、オランダ、ニュージーランド、スロバキア、スイスのチャートにおいて上位に食い込んだ。


Starleyは音楽は私の人生であり喜びであり愛であると語っている。話す前に歌を始めたと周囲の人々が評価するように、幼い頃から歌に慣れ親しみ歌手として成功することを夢見ていた。しかし音楽業界で彼女が与えられた役割というのは、彼女が望んでいたモノとは程遠いモノであったのである。彼女はそんな音楽業界にはうんざりして、チャートや評価に酷評されようとも自分の体験した経験を軸にストーリーを作り楽曲に投影しヒットを果たした。このスタイルというのは、「Call On Me」のみならず、「Touch Me」や「Love Is Love」でも踏襲し、彼女の持ち味となる。




Starleyが人生で1番悩んだこと、そしてその悩みから解放されるためにしたこと


オーストラリア出身の大人気シンガーソングライターであるSia(シア)を敬愛し、オーストラリアの海をこよなく愛しているStarleyには、音楽活動以外にとある悩みがあった。彼女は、世界的なブレイクを果たした後に、とある女性に誘われ、交際するようになった。つまりはバイセクシュアルになったのである。Starleyがブレイクを果たした国々の多くは、LGBTQにも寛容である。中でも母国オーストラリアはシドニーにおいて毎年世界最大規模のLGBTQのパレードが開かれ、同性婚が法律で合法化されている世界屈指のLGBTQ先進国だ。


しかしながら宗教的理由から嫌悪する人々も一定数おり、Starleyは家族にも中々カミングアウトできないでいた。彼女がどういった理由から踏ん切りをつけカミングアウトを果たしたかは彼女にしかわからないが、彼女は悩みながらもカミングアウトを果たした。家族はStarleyが男性とデートをしていたことも知っているので大変驚きはしたが、受け入れてくれるのである。彼女はその時の経験を「Love Is Love」という曲にして発表している。「愛は愛」それは、Starleyが、伝えたい1番のメッセージだ。




written by 編集部


photo: facebook

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