Nujabesは日本を代表するトラックメイカー、アーティスト

日本が誇る天才トラックメイカーNujabesとは
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2020.02.26 02:00

日本が誇る天才トラックメイカーNujabesとは


Nujabes (ヌジャベス)は、日本を代表するトラックメイカー、アーティストの1人である。日本におけるJAZZY HIPHOPの第一人者ともいわれ、その代表格にも位置している。若くして逝去しながら、2019年には錦織圭などがファンであることを公言している同氏について、今回は人柄や曲調などからなぜ世界的に人気が出たのかを解説する。




トラックメイカー Nujabesのプロフィール


Nujabesは、1974年に東京都港区西麻布で生まれた。幼い頃から音楽が好きな子供だったという。本名は、瀬場 潤であり、仕事によっては、こちらの本名を使用することも多かった。Nujabesというのは、瀬場 潤をローマ字(Seba Jun)にして逆さから呼んだ名前である。学生時代から音楽活動をする傍ら多くのレコードなどを収集し、大学生になると日本語ラップのメッカである東京都渋谷区宇田川町にレコード店「Guinness Records」をオープンした。当時は日本語ラップがにわかに盛り上がりつつあり、さんぴんCAMPなどを通して後の時代に続く日本語ラップ、日本におけるHIPHOPの礎が築かれた時代であった。その時代にわずか21歳の大学生が、激戦区でレコードショップを経営するという無謀のような挑戦が、Nujabesのアーティストとしての第一歩である。建物はエレベーターすらないビルの高層階という立地の悪さで、店の場所すら伝わらないようなところだったが、Nujabesの「よい音楽をさまざまな人に知ってもらいたい」のコンセプトのもと、まったく儲けが出ないような価格、誰もしらないようなアンダーグラウンドの作品も多く取り揃え、すぐに渋谷宇田川を代表する人気レコードショップへと成長した。


Nujabesは、表にあまりでてこないトラックメイカーであった。初期の頃の作品は12inchのみでリリースされており、一般に流通したり必ずしも人気が出るような方法ではなく、自分のレーベル「Hydeout Productions」からの発売であり流通数は限りなく少なかったので後にプレミアがつくこととなる。その一方で多くのトラックを制作し、レコードショップ経営やスタジオ経営にMUROの「King of Diggin'」ジャケットに代表されるアートワークなどでも類まれなる才能を発揮していった。2003年にようやくファーストアルバム『Metaphorical Music』を発売する。このアルバムは、Nujabesが得意ジャンルとされるJAZZY HIPHOP要素は少なく幅広い音楽ジャンルの素養を感じさせる作りとなっており、セールスは振るわなかったが、多くの人に評価された。翌年にはコムデギャルソンのパリにおけるファッションショーで音楽プロデューサーを務めたり、アニメ『サムライチャンプルー』に楽曲提供をするなど、その活動を更に多岐なモノへと進化させていくこととなる。


2005年にセカンドアルバム『modal soul』を発売するころには日本を代表するトラックメイカー、プロデューサーとして確実な地位を築き名声を獲得していた。2010年までには自身が経営するレコードショップも大きくなり、複数の店舗を持つようになったので合併や新規出店もおこなった。他にも多くのコンピレーションアルバムやRemixアルバム、レコードも発売するなど精力的に活動をおこない、日本にJAZZY HIPHOPを定着させることにも成功するなど大変な充実期でもあった。しかしながら、2010年2月に突如として交通事故に巻き込まれてしまい36歳でこの世を去ることとなったのである。その墓誌には「NUJABES・瀬葉淳」と刻まれ、2019年でも数多くの人が冥福を祈っている。




Nujabesはなぜ世界的に人気アーティストとなったのか


Nujabesの曲調は非常に暖かみがあるとされている。それは彼の人柄とまったく同じで、朗らかで暖かく全てを肯定してくれるようなモノと多くの友人やライター、ファンは評価している。主に機械で打ち込みをおこなったり、サンプリングをして音楽の作るHIPHOPにおいて暖かみを出すというのは、とても至難の業である。しかしながらNujabesはその才能で打ち込みなのに歌よりも暖かい音楽を構築することに成功した。数多くいるトラックメイカーの中でも、このレベルまで達したトラックメイカーはNujabesのみだとは海外の有名な某トラックメイカーによる最大の評価だ。


Nujabesが社会的、そして世界的に評価されるようになったのは皮肉にもその死後のことである。これは彼のアルバムやレコードの多くが、死後に発売されたことからも明らかだ。Nujabesの死後からインターネットやスマートフォンが、日常生活に欠かせないほどに完全定着をし、そのおかげでどの年代どの国どの人種どのジャンルの曲でも簡単に聴けるようになり、Nujabesは世界的な評価を受けるようになった。音楽サブスクリプションサービスの2018年に「海外で最も再生された国内アーティスト」では上位を記録したり、世界的な存在のビルボードなどでも高い評価を受けた。もっともNujabesの楽曲には多くの外国人アーティストも参加しており、ファーストアルバムのころには、すでに世界で通用、評価されることが可能なトラックメイカーとして称賛されるほどNujabesの音楽的才能はとても類稀なるモノであった。




written by 編集部


photo: https://hydeout.net/wp/tribe/

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