GAGLEのメンバーでプロデューサー・トラックメイカーとしても活躍するDJ Mitsu The Beatsとは?

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ユニット&ソロ活動両方で活躍
仙台を拠点とする3人組ヒップホップユニット・GAGLE(ガグル)は2000年代からクラブミュージックシーンにて長く活躍を続けている。そのGAGLEのメンバーであるDJ Mitsu The Beats(ミツ・ザ・ビーツ)は、グループでの活動とは別にソロで音楽プロデューサー・トラックメイカーとして活躍してきた。そんなDJ Mitsu The Beatsという人物が辿って来た道とは?
まずはじめにGAGLEについて
DJ Mitsu The Beatsのプロデューサー・トラックメイカーとしての歴史を語る前に、まずは彼が所属するGAGLEというヒップホップユニットの事を紹介する。この男性3人組ユニットは、1996年に東北地方最大の都市である宮城県仙台市にて結成された。メンバーは、中心的な存在のDJ Mitsu the Beatsのほか、DJ Mu-R(ミューラー)、MC HUNGER(ハンガー)という3人から成る。DJ Mitsu The Beatsは、このグループにおいてDJとトラックメイカーを兼任してきた。ちなみにMC HUNGERはDJ Mitsu The Beatsの実弟である。
約100万人の人口を誇る仙台にて足場を固めていき、2000年代に入ってようやくデビューのチャンスを掴む。そして、2001年にインディーズレーベルから『BUST THE FACTS』という5曲入りファーストミニアルバムを発売した。翌2002年には初のフルアルバム『3 MEN ON WAX』を発表し、この作品の高評価によって一気にファン層を広げた。その後、名門・ワーナーミュージックジャパンとの契約を勝ち取る。2004年夏にメジャー初作品(ミニアルバム)『Superego』をリリースすると、リードソングである「RAP WONDER DX」が音楽業界において高い評価を受けた。具体的には2005年に「MTV VIDEO MUSIC AWARDS」において最優秀特殊効果ビデオ賞を獲得したほかスペースシャワーTV系の音楽賞において某部門にノミネートされる。
翌2005年には日本コロムビアに移籍して秋に『BIG BANG THEORY』というアルバムをスマッシュヒットさせた。なお、このアルバム内には日本を代表するラッパー・VERBAL(m-flo)とのコラボ曲などが収録されている。また2009年に発表したBONNIE PINK・椎名純平(椎名林檎の兄)とのコラボ曲を含むアルバムも高い売り上げを記録した。2010年代に入っても東京に拠点を移す事なく仙台にて精力的に活動を続けており、特に東北地方においては極めて高い人気を誇る。
DJ Mitsu The Beatsのプロフィール
続いてそんな偉大なるユニット・GAGLEのDJ兼トラックメイカーであるDJ Mitsu The Beatsのプロフィールを紹介していく。彼の本名は川村光利と言い、ファーストネームがDJとしての名前の由来となっている。詳しい生年月日は一切明かされていない。1994年に某テレビ番組に影響されてプロのDJを志すようになり、安価なターンテーブルなどを購入して自宅にて練習をはじめた。その2年後となる1996年には弟のMC HUNGERなどと共にGAGLEを結成し、仙台にて本格的な音楽活動をスタートさせる。一方、グループでの活動と並行して自宅では曲作りの毎日をおくるようになった。
外見的には常に帽子(ワークキャップ系)を被っているのが特徴で、口には髭を蓄えている。ビジュアル的にはホリの深いイケメンで、服装もおしゃれなため仙台においてはファッションアイコンとしても注目されてきた。
2000年代からトラックメイカーとして活躍
GAGLEは2001年にインディーズデビューを飾ったが、DJ Mitsu The Beatsは同時期よりトラックメイカーとしても本格的に始動し始める。そして、2003年夏にはPLANETGROOVEというレーベルより『NEW AWAKENING』というソロデビューアルバムを発表した。このアルバムにおいては弟のMC HUNGERだけでなく多数の海外アーティストとのコラボを行っている。また、2004年秋にはGAGLEと同じレーベルに所属するヒップホップグループRIP SLYMEのシングル「黄昏サラウンド」に参加し、大きく知名度を上げた。具体的には黄昏サラウンドという作品の3曲目に秀句されている「BLUE BE-BOP (DJ MITSU THE BEATS REMIX)」という曲のリミックスを手掛けている。ちなみにこのシングル作品はオリコン週間シングルチャートにて第5位にランクインした。
2005年にはRIP SYLME同様にワーナーに所属するBONNIE PINKのカバーアルバムにて「Got Me A Feeling」という曲のサウンドプロデュースを手掛けた。女性アーティストで言うと、他にも2007年に加藤ミリヤのアルバムに収録された「So special」の編曲を担当している。その他、GAGLEと同じく仙台を拠点として活動するバンド・MONKEY MAJIKとは、2000年代後半から継続的にコラボを行ってきた歴史をもつ。
2010年代におけるグループ・ソロでの活動状況
2010年代に入っても、DJ Mitsu The BeatsはGAGLEのDJ・トラックメイカーとして精力的に活動してきた。例えば、2011年春に東日本大震災が発生してからはMONKEY MAJIKなどと共に、GAGLEの知名度をいかして様々なチャリティー活動を行った歴史をもつ。Jazzy Sportというレーベルから2014年に発売された5枚目のフルアルバム『VG+』はチャートにおいて高い順位を獲得し、ユニットに対する評価は一段と高まる。さらに東北地方で開催されるたくさんの音楽フェスティバルにひっぱりだこの状態となり、イベント参加ごとにファンの数を増やしていった。
一方、DJ Mitsu The Beatsのソロ活動に関しては、コンスタントにフルアルバムをリリースしているほか、様々なアーティストのプロデュース活動も継続している。例えば、2018年には若手女性ソロシンガー・藤原さくらのミニアルバムにおいて「グルグル」という作品に参加した。経験を積むごとにその能力は年々高まり続けており、2020年代には更なる飛躍が期待される。
written by 編集部
photo: https://www.facebook.com/pg/gagleofficial/photos/?ref=page_internal