作詞・作曲・プロデュースをすべて自分で手掛ける。アメリカを代表する男性R&Bシンガー・Lyfe Jennings

2004年デビューのR&Bシンガー
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2019.11.19 17:00

アメリカを代表する男性R&Bシンガー・Lyfe Jennings


Lyfe Jennings(ライフ・ジェニングス)というR&Bシンガーは、2004年にメジャーレーベルからデビューを果たした。そして、デビュー以降に数々のシングル・アルバムを経歴も大ヒットさせてきたアメリカを代表する男性R&Bシンガーである。そんなLyfe Jenningsの辿ってきた歴史を紹介する。




シンガー・Lyfe Jenningsはオハイオ州生まれ


Lyfe Jenningsはアメリカ合衆国北東部のオハイオ州出身の男性ソロR&B/ソウルシンガーだ。Lyfe JenningsというアーティストネームはJenningsという彼の苗字が関連している。なお、歌を歌うだけでなく作詞・作曲・プロデュースをすべて自分で手掛けている。


そんな彼は、広大なオハイオ州の中では、カナダとの国境となっているエリー湖に面したトリード(Toledo)という都市で1978年6月に生まれた。10代の頃から兄弟や従兄弟と共にThe Dotsonsというグループを結成して音楽活動を開始したが、そのグループは数年で解散。また、とある事件がきっかけで刑務所送りになったことも重なり、しばらくは音楽から遠ざかっていた。しかし、2002年に転機がやって来る。




2004年にメジャーレーベルから歌手デビュー


刑務所での長い服役期間を終えたLyfe Jenningsは、音楽への情熱が再び溢れてきた中で2002年に再び音楽活動を再開。2003年からニューヨークを拠点を置いて活動していたところ、Sony Music系の「Columbia Records」というメジャーレーベル関係者の目に留まる。そして、そのColumbia Recordsと契約し、圧倒的な才能で早くもメジャーデビューのチャンスを掴み、2014年8月にアルバム『Lyfe 268-192』でデビューを果たした。すると、メジャーレーベルによるPR面での大きなバックアップも大きな力となって、このアルバムは全米R&BチャートにてTOP10入りするスマッシュヒットを記録。


2005年からはこのアルバムから2曲がシングルカットをされたが、そのシングルカット曲がヒットした事によりシンガー・Lyfe Jenningsの次回作に対する期待が高まった。



2006年発売のシングル・アルバムがメガヒット


2005年途中から2006年にかけてはセカンドアルバムの制作期間に入り、2006年夏にアルバムが完成。そして、まず8月1日にLaLa Brown(ララ・ブラウン)をゲストに迎えた先行シングル「S.E.X.」をリリースすると、このシングルがビルボード総合チャートで首位を獲得する。


シングル発売の2週間後となる8月15日にファン待望のセカンドアルバム『The Phoenix』がリリースされると、こちらもビルボード総合チャートで上位にランクイン。さらに2008年春にリリースした3rdアルバム、2010年夏リリースの4thアルバムも立て続けに大ヒットした事でR&Bシンガーとしての地位を確固たるものにする。しかし、結婚して幼い子供もいる中、彼は2008年に起こしたある事件により、裁判にかけられることになった。




空白期間を経て2015年にニューアルバムを発売


4thアルバム発売の1か月後となる2010年9月、Lyfe Jenningsは2008年に起こした酒に酔った事が原因の発砲事件の裁判にて実刑判決を受けてしまう。これによって予定されていた国内ライブツアーはキャンセルとなり、再び服役する事となった。しかし、シンガー・Lyfe Jenningsの音楽への情熱は2度目の服役期間の中でも消える事はなく、服役期間を終えて出所してから再起を目指した。


そして、2013年秋に「Mass Appeal Entertainment」という新たなレーベルから5thアルバム『Lucid』をリリースすると、全米R&Bチャートにて見事TOP10入りを果たす。その後も真摯に音楽に取り組み、2015年リリースの6thアルバムもヒットするなど、見事なカムバックを遂げている。



written by 編集部


photo: facebook


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