社会に対するメッセージをアルバムに込めたPublic Enemy(パブリック・エナミー)

Public Enemy(パブリック・エナミー)はラップで社会問題を訴える
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2018.05.22 03:30


Public Enemy(パブリック・エナミー)はラップで社会問題を訴える


黒人社会や政治に関する問題をラップしたPublic Enemは、ヒップホップを語る上で欠かすことができない存在だ。社会問題を取り扱った攻撃的な歌詞だけでなく、複雑なサンプリングによって構成されたアルバムはサウンド面でも評価されている。




Public Enemyが結成されたきっかけ


ニューヨークのロングアイランドで誕生したPublic Enemyは、マスメディアや政府といった権威へのメッセージや政治問題に関する活動で知られるヒップホップグループだ。


1982年に中心メンバーのチャックDが、リック・ルービンに見出される形でPublic Enemyは結成された。チャックDはPublic Enemyを結成する前にラップ専門のラジオ局で働いていたため、エンターテイナーのような活動にあまり乗り気ではなかったがリック・ルービンに説得され、応じることになった。Public Enemyというグループ名は、結成前にチャックDが作成した曲のタイトルが由来である。





Public Enemyの革新性について


Public Enemyの元メンバーであるDJのターミネーターXはスクラッチのテクニックを洗練されたものに昇華し、プロデューサーユニットはこれまでなかったビートやサンプリングを作品で提示してきた。また、MP3のフォーマットが世界で知られる前に音声ファイルでアルバムをリリースした最初期のグループであり、インターネットを経由した配信の可能性を早い段階で切り開いてきた。さらに世界で最初に世界ツアーを行ったヒップホップグループとしても知られており、アジアやヨーロッパのヒップホップコミュニティーでも評価が高いグループである。




音楽面ではスラッシュメタルのアンスラックスと競演して、ヒップホップとハードロックを融合させた曲をリリースしたことも有名だ。このコラボレーションによって当時ロックファンにはなじみがなかったヒップホップを、多くのリスナーが知ることとなった。ニューメタルやラップロックの先駆けといえるサウンドは、その後のミュージックシーンに大きな影響を与えた。




どのようなアルバムを発表したか


Public Enemyが1987年に発表した1作目は攻撃的な歌詞からヒップホップファンだけでなく、ロックファンからも注目を集めた。続く1988年に発表された2作目はPublic Enemyが一気に知名度を獲得した作品として知られており、同じ年に発表されたRUN DMCのアルバムと同様にヒップホップが白人層にまでカウンターカルチャーとして知られるきっかけとなった。


1990年に発表された3作目のアルバムはより歌詞が過激となっただけでなくライムのレベルもより高くなり、代表曲として知られるファイト・ザ・パワーは研究対象として挙げられることも多い。このアルバムはPublic Enemyが発表した作品の中で一番売れた作品であり、アメリカ国会図書館に重要保存録音物として保存されている。


インタビューでの問題発言によりメンバーが解雇されるといった出来事やメンバーの脱退もあったが、現在でもグループは創作やパフォーマンスを続けており2013年にはロックの殿堂入りを果たしている。




2017年に発表したアルバムについて


Public Enemyが2017年にリリースしたアルバムである「Nothing is Quick in the Desert(Except for Death)」はこれまでの作品のように世界に対する様々なメッセージが込められている。サウンド面では、70年代のハードロックを思わせるギターリフを多様したトラックが多く、生楽器が活用されているのが特徴だ。




歌詞の内容は黒人コミュニティで行われる殺し合いや平和についてに関する内容が多く、ヒップホップ史でこれまでに亡くなってしまった偉大なアーティストをリスペクトする曲も存在する。




Photo:https://www.facebook.com/pg/publicenemy/photos


Written by 編集部




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