レフトフィールド(Left Field)はジャンルにとらわれることなく活躍を遂げた

ますます存在感を大きくするレフトフィールド(Left Field)新しい音楽ジャンルとして注目
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2018.06.24 13:08


ますます存在感を大きくするレフトフィールド(Left Field)新しい音楽ジャンルとして注目


レフトフィールドといえば、近年の音楽を語る上では欠かすことができないジャンルということができるのではないだろうか。かつてないものが愛される傾向にある音楽界においても、なくてはならないジャンルの一つとして脚光を集めるようになった。その詳細をチェックしてみよう。


1990年に結成されたレフトフィールド(Left Field)は新しい音楽を浸透させることに成功


レフトフィールドというジャンルが、ここに来て大きく話題を集めていることについては、音楽ファンならずとも気づいているだろう。日本語に直訳してみれば、「推進的」や「急進的」などという意味を表す言葉である。常に新しいモノを求める音楽界においては、救世主的存在ともいえるのがレフトフィールドだ。当然ながら、音楽をこよなく愛するファンやマニアであれば、次から次へと新しい音楽の形が生まれることについては、好意的に受け止めることにもなるのではないだろうか。テクノやクラッシック、ジャズにロックなどとたくさんのジャンルがある中でも、そのいずれにも属することがないのがレフトフィールドだ。




実際に音楽界には、レフトフィールドというユニットが存在していたことをご存知の方も多いのではないだろうか。ポール・デイリーとニール・バーンズという近年の音楽界を代表する二人のユニットとして、今でもなお、度々のように話題として取り上げられることも多い。この二人がユニットを立ち上げたのが、1990年である。このレフトフィールドが絶大な人気を誇る理由となったのは、たぐいまれな才能や卓越した音楽スキル、ノウハウを持ち合わせていたことだけが理由ではない。それまでの音楽を取り入れながらも、新しい音楽を作り上げるということにこだわる姿勢が多くの人に感動をもたらすことになったことは間違いない。テクノやヒップホップ、ブレイクビーツにレゲエなどを巧に融合させることで、確固たる音楽の一つのジャンルを作り上げたのだ。その活躍の大きさは当時でも目を見張るものがあった。1995年には、ジョン・ライドンとのコラボが実現。ヒット曲にも恵まれることになり、その後にはアルバムの制作をするまでの成長を果たした。






今後も色あせることなく輝き続ける存在のレフトフィールド(Left Field)! 新ジャンル開拓の先駆者としても期待


レフトフィールドの活躍ぶりは、1990年代の後半を迎えても決して衰えることなく、躍進を続けていた。1999年には、アフリカ・バンバータやルーツ・マヌーヴァをゲストとして招き入れたセカンドアルバムも発表するに至った。


多くのファンの指示を集め、大きく活躍を見せていたレフトフィールドであるが、メンバーのそれぞれの活動を優先させたいという思惑もあり、2002年に解散することになった。解散することが報じられた際には、多くのファンやマニアたちが、悲しみに暮れることになったことも知られている。レフトフィールドとしての活躍自体は、それほどまでに長期間にわたることなかったが、その功績については、極めて大きいとして現代でも語り継がれている。特筆すべきは、国境を越えて多くの人に受け入れられていた点であるといえるだろう。日本やアメリカ、ヨーロッパなどの先進国だけでなく、今後の著しい発展が見込まれる国々からも多くの支持を集めることになった。むろん、それだけ大きな実力を持っていればこその結果であることはいうまでもない。




レフトフィールドによってイギリスのハウスミュージックが、更なる人気を集めることに成功したという流れもある。レフトフィールドが作り上げるサウンドには、生命力を大きく感じることができる点に起因しているのだ。このように、ありとあらゆる音楽に多大なる功績を残すことになったレフトフィールドは、音楽界の常識を変えたといっても言い過ぎではないだろう。ジャンルやカテゴリーなどといった枠にとらわれることなく成長を続けている事実も確固たる実力を物語っているのだ。


Photo:https://pixabay.com/


Written by 編集部



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