トレインスポッティング「Lust for life」を作った天才・Iggy Pop(イギー・ポップ)

UKロックのカリスマ、Iggy Pop(イギー・ポップ)
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2018.06.06 05:30


UKロックのカリスマ、Iggy Pop(イギー・ポップ)


イギー・ポップという名前はUKチャートを意識している洋楽好きであれば聞いたことがあるだろう。イギリスの音楽シーンではパンクのルーツとして知られている彼だがその名前が世界中に知られるには時間がかかった。ミニシアター系映画「トレインスポッティング」。この大ヒットによって彼は注目を集めることになった。




イギー・ポップとデヴィッド・ボウイ


イギー・ポップは現在も精力的に音楽活動を行っている。その年齢はすでに70歳に達しているのだから彼の精神力には敬服する限りだ。彼はもともとアメリカで育ったイギリス人である。彼が魅了されたのはドアーズのジム・モリスンであった。ありとあらゆるものを否定したいという衝動。イギーを突き動かしたのはその激しい嵐だ。1960年には世界中のあちこちでロックフェスが開催されるようになった。高速で進むグローバル化はロックの扉を次々と開けた。ドアーズはそのまさに黎明期を支えたバンドであり、イギーはその音楽に心酔した。彼はもともとドラム担当であったがボーカルに転向し、ストゥージズというバンドを結成した。




ありとあらゆる聴衆に対して攻撃的な音楽。イギーが目指したのはパンクの精神そのものだった。こうしてストゥージズは1969年にレコードデビューを果たす。そして活動中の1970年代には運命的な出会いを果たすこととなるのだ。それがあの伝説のデヴィッド・ボウイである。長年ドラッグで苦しんでいたボウイとイギーはお互いに共鳴し70年代にはともにレコーディングを行っている。このドラッグでのつながりという点は実に映画「トレインスポッティング」と似ている。70年代半ばにはイギー・ポップはベルリンへ移住し、ボウイとともに音楽生活を送ることにしている。その後ふたりは決別するも、80年代に入りイギーが極貧生活を送っていたときに助けの手を差し伸べたのはやはりボウイであった。彼らは仕事仲間であり友人でもあったのである。それは素晴らしい刺激となりやがて名曲「Lust for life」と「トレインスポッティング」へつながっていく。


トレインスポッティングで使用されたイギー・ポップの名曲「Lust for life」とは


イギー・ポップの名曲「Lust for life」はどのようにして生まれたか。実は1977年に彼はデヴィッド・ボウイのプロデュースによってソロ活動を開始している。その2枚目のアルバムに収録された音楽が「Lust for life」だ。映画「トレインスポッティング」冒頭で使用され、主人公ユアン・マクレガーが5分以上この音楽をバックに走り続ける。しかもノーカットだ。この風景は「トレインスポッティング」の名シーンでありその刺激的な音楽は一気に人気となった。これがイギー・ポップの復活である。




実はイギー・ポップは1986年に「ブラー・ブラー・ブラー」というアルバムをヒットさせている。しかしこれは以前からライブで過激なパフォーマンスを行っていたイギー・ポップにとっては商業的成功を手に入れるために自分の魂を曲げた行為でもあった。しかしこのヒットのおかげで次のアルバムでは以前の勢いを取り戻している。取り戻しすぎて再度レコード会社の契約を打ち切れられたほどだ。


このどん底にいるときにまさかの昔の曲のヒットである。しかも映画「トレインスポッティング」はドラッグ中毒者同士の悲しくも美しい友情を描いた作品であった。それはまるでイギー・ポップとデヴィッド・ボウイの関係そのままであった。ぎりぎりの生活、苦しい中毒症状、息詰まる日々。映画は大ヒットし冒頭曲を担当したイギー・ポップは再び脚光を浴びたのであった。

代表曲がなかったからこそ長年活動を行うことができた。イギーはインタビューでそう答えているが、彼自身が常にパンク精神の魂を持ち続けているということが奇跡なのだ。だからこそ現在もわれわれの魂を魅了し続けるのである。




Photo:https://www.facebook.com/pg/iggypop/photos


Written by 編集部



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