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    Bob Dylan(ボブ・ディラン)のノーベル賞受賞で問いかけたものとは?

    2018/06/06 (Wed) 02:35
    admin

    賛否両論だったBob Dylan(ボブ・ディラン)のノーベル賞受賞

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    賛否両論だったBob Dylan(ボブ・ディラン)のノーベル賞受賞

    2016年に歌手のボブ・ディランがノーベル賞を受賞したことは、世界中で大きな話題となった。マスメディアやインターネットを通じて上がった声の多くは彼の受賞を喜ぶものであったが、否定的な反応も決して少なくはなかった。そこには「歌詞は文学か否か」という根本的な問題が横たわっていた。

    ボブ・ディランの歌詞は文学かという議論

    ノーベル賞はさまざまな分野で偉大な業績を残した者に与えられるものであり、毎年秋に受賞者が発表される際は、世界中から注目が集まる。そんな中で、2016年の文学部門の発表はとりわけ大きな話題を集めた。というのも、受賞の栄誉に輝いたのがアメリカの歌手、ボブ・ディランだったからだ。

    ボブ・ディランは過去に自伝を刊行したりしているが、基本的には著作家ではなく音楽家である。また、ノーベル賞の選考委員会も授賞理由を「アメリカの楽曲の伝統において新しい詩的表現を創造した」と説明している。つまり、彼の書いた多くの歌詞(ノーベル文学賞は特定の作品ではなく原則としてキャリア全体に対して与えられる)が「文学」として優れたものであると認められたことになるわけだ。

    このことは、世界各地で多くの議論を惹き起こした。特に文学者の間では「歌詞は文学ではない」として授賞に否定的な態度を示すケースが見受けられた。また、ニュースメディアの中にはノーベル賞の選考委員会が若い世代の関心を引き寄せたくて行った一種のパフォーマンスだと皮肉る向きもあった。

    過去に文学者以外の者が受賞した例がなかったわけではない。1953年の文学賞はウィンストン・チャーチルに与えられたが、彼は英国の元首相、すなわち政治家が本業であった。そしてこの時も受賞者の「資格」についての議論が巻き起こった。以来、歴代の受賞者は専業の文学者に限られてきたが、ボブ・ディランの受賞はその伝統を久しぶりに破るものであった。

    歌詞への評価は一貫して高い

    ボブ・ディランは1941年にアメリカのミネソタ州で生まれ、1962年のレコード・デビュー以来、半世紀以上にわたる長いキャリアを有するミュージシャンである。初期のアコースティック・ギター弾き語りによるフォークから中期のエレクトリック・ギター中心のロック・サウンド、ゴスペルソングへの接近など音楽性は変化を見せつつも、一貫して質の高い楽曲を発表し続けてきた。「風に吹かれて」「イフ・ノット・フォー・ユー」「天国の扉」など、多くのミュージシャンにカバーされてスタンダード・ナンバーとなった歌も少なくない。

    美しいメロディライン、決して上手くはないが個性的で表情豊かなヴォーカルなど、彼の音楽はさまざまな特徴を持っているが、中でも評価が高いのがその歌詞だ。ユニークで卓抜な比喩やストーリー性、社会的なメッセージなど彼の書く詞には単なるポピュラーソングの歌詞の範疇を越えた魅力にあふれており、普通に「文学」として読んでも非常に高い水準に達している。実際、ボブ・ディランは1960年代から70年代にかけてアレン・ギンズバーグなどの文学者たちと頻繁に交流しており、またそもそもボブ・ディランという芸名(現在は法律上もボブ・ディランに改名している)は英国の詩人ディラン・トマスにちなんで名づけられている。こうした点を見ると、ボブ・ディランと文学との距離は元から近かったと言える。

    ノーベル賞が文学というジャンルを問い直す

    授賞資格に関して議論が沸き起こっていることを知ってか知らずか、2016年10月13日(日本時間)の授賞発表後もボブ・ディランはしばらく沈黙を守っていた。しかし発表後数日を経てようやくノーベル賞選考委員会あてに連絡を入れ、賞を受け取ることを承諾したという。12月の授賞式には出席しなかったが、受賞スピーチは在スウェーデン米国大使が代読した。

    「我々の歌は生きている人たちの世界でこそ生きるものなのだ。でも歌は文学とは違う。歌は歌われるべきものであり、読むものではない。」―ボブ・ディラン (引用 : http://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/info/482760

    スピーチ原稿の中でボブ・ディランは、果たして自分の歌は文学なのかと自問したとしつつも、おそらくシェークスピアだって自分が文学作品を書いているという意識はなかっただろうと語っている。つまりここで彼は、「文学とは何か」を原理的に問うのは意味がないことなのではないかという主張をそれとなく匂わせているのだ。

    実は、ノーベル賞の選考委員会がボブ・ディランへの授賞理由を説明する際、古代ギリシャの詩人・ホメロスの名を引き合いに出している。ホメロスと言えば世界文学の源流に当たる偉大な人物だが、そもそもホメロスは文学者だったのではなく、ホメロスが文学というジャンルを創造したのだ(もちろんそれを認定したのは後代の人々だ)。つまりボブ・ディランのノーベル賞受賞は、固定的なジャンルの伝統にとらわれないこと、そのこと自体が文学の「伝統」なのではないかということを改めて世に問うものだったと言えるのである。

    引用:http://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/info/482760

    Photo:https://www.facebook.com/pg/bobdylan/photos

    Written by 編集部

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