プロデュース曲はもはや定番曲に!シカゴの天才DJ・The Black Madonnaは欧州からもオファーが殺到中!

シカゴのクラブシーンをそこから支えて来た天才DJ The Black Madonnaとは!?
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2018.05.12 09:16



音楽の町が生んだ天才DJ




アメリカ屈指の音楽の町、シカゴのクラブで光る存在となっているのがThe Black Madonnaだ。いまや世界中のクラブからお呼びがかかるほどの実力者である。DJの曲の繋ぎで制作を習得し、プロデュース業にも取り組む。今回は、彼女がDJとして成功するまでの軌跡を追ってみよう。



The Black Madonnaの逸話


The Black Madonnaの本名はMarea Stamper。ケンタッキー州のアパラチア地域に生まれる。ティーン・エイジの頃からクラブ・カルチャーに魅せられ、14歳の若さでレイヴ・デビューという功績を残す。それにより進路を決定し、16歳で学校を退学。アパートで一人暮らしをし、クラブで働き始めた。クラブでイベントの手伝いをしつつ、車のトランクに自作ミックス・テープを積んで各地で売りさばく日々を過ごしたのだ。


The Black Madonnaは20代になるとひとまず仕事を辞めて、DJの勉強をするために大学へ進学する。だがDJの基礎を習得するのは彼女にとっては容易で、入学からたった数ヶ月後にはDJギグを行う。そして大学を卒業するとシカゴへと移り住む。田舎から出てきたThe Black Madonnaは町の大きさはもとより、人々の横柄と思える態度にも辟易し、慣れるまでに時間を要した。


このときのルーム・メイトRadekは、ウエスト・エディにある実家を拠点にDust Traxxというレーベルを設立。そのデジタル市場参入のためにThe Black Madonnaを採用し、後々レーベル・マネージャーに昇格。このレーベルが解散されるまでThe Black Madonnaは音楽的な挑戦をし、ソロ・アーティストとしてやっていく自信を身に付けた。


The Black Madonna b2b Mike Servito Boiler Room x Dekmantel Festival DJ Set


ソロ活動は思うように軌道に乗らず


独立当初は倉庫のオープニング・パーティーでの仕事さえもらえず、思うように軌道に乗らなかった。彼女の曲に耳を傾けてくれる人は少なく、完全に失敗したと感じる。そんな中、Dust Traxxで働いていたGarrett Davidから昔かけていた「Exodus」という曲を発売したいというオファーをもらう。Garrett Davidは、「Stripped & Chewed」という新レーベルを設立しようとしていたのだ。この曲は無事にリリースされ、2作目もシカゴのDJ・RahaanのスプリットとしてThe Black Madonnaの曲「We Don't Need No Music (Thank You Rahaan)」が用いられた。この曲のヒットを受けて、Home Taping Is Killing MusicとFreerangeの2つのレーベルから仕事の依頼メールが来る。おまけにArgotというレーベルと2曲契約を結び、「Lady Of Sorrows」というEPでリリースされる。この間およそ3ヶ月。世界が1回転したかのように人生が変わった。





そしてさらに最大のチャンスがやってくる。Dust Traxx時代からの知人でSmart Barのタレント・バイヤーだったNate Seiderからアシスタントのオファーがあったのだ。彼は1年後に引退予定であり、The Black Madonnaに引き継いで欲しいと考えていた。

チャンスを物にしたThe Black Madonnaは、超多忙なアシスタント業を必死でこなした。およそ1年後、独り立ちしたタレント・バイヤーThe Black Madonnaは、レジデントDJの起用やレギュラーパーティーのスケジューリングなどなど、Smart Barの運営に携わる。Smart Barは老舗店で、いまや伝説的なクラブとなっている。スタッフはもちろん、ビジターなど関わる全ての人が素晴らしいクラブを作っていくという目標を持っているところが、他にはないクラブを作る根源となっているのだろう。


驚くべきことに、The Black Madonnaはタレント・バイヤー初日の翌日、ヨーロッパのギグのオファーを受けている。しかも場所はベルリンの裏の顔と呼ばれる人気クラブ、Panorama Barだ。The Black Madonnaは夢のような気持ちで引き受け、それ以降も継続してオファーを受けている。The Black Madonnaは2015年に初来日し、2017年にはジャパン・ツアーを敢行。世界的DJ及びプロデューサーとして成長を続けるが、Smart Barがバック・ボーンであることは変わらず、シカゴをダンス・ルネッサンス時代に突入させようと日々走り続ける。


Photo: https://www.facebook.com/pg/theblackmadonnachi/

Written by 編集部



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