自他ともに認める最高のラッパー Lil Wayne(リル・ウェイン)

時代を代表するラッパー、Lil Wayne(リル・ウェイン)について
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2018.05.15 10:15


時代を代表するラッパー、Lil Wayne(リル・ウェイン)について


2009年の第51回グラミー賞で8部門へのノミネートを果たし、最優秀ラップ・ソロ・パフォーマンス賞、最優秀ラップコラボレーション賞などの4部門に輝いたラッパー Lil Wayne。2010年には刑務所収監中にリリースしたアルバムが全米1位を獲得するなど、彼の話題は尽きない。



ラッパー Lil Wayne、バードマンとの出会いと確執


Lil Wayne(リル・ウェイン)のキャリアは、バードマンとの出会いから始まる。Lil Wayne、11歳の時のことだ。まずは簡単にバードマンの紹介をしよう。バードマンは1969年、ルイジアナ州ニューオーリンズの生まれである。1989年にキャッシュ・マネー・レコードという南部を代表するヒップホップレーベルを創設。ヒップホップ長者番付のトップ5に入るなど、稼ぎに稼ぐ米ヒップホップ界の実力者である。ラッパーLil Wayneの育ての親であり、2人の関係は父子同然とされていた。


蜜月関係に亀裂が生じ始めたのは2014年12月の事である。Lil Wayneがレーベルへの不満をツイッターでぶちまけたのだ。予定されていたアルバムが発売延期された事などをその理由のひとつとし、「このレーベルをやめたい」「俺は囚われている、俺のクリエイティビティもだ」と憤ったのである。この発言にレーベル側はLil Wayneの離反を否定したが、Lil Wayneはライヴのステージでも同様の意志を表明した。そして2015年1月、Lil Wayneは裁判を起こしたのである。800万ドルにも及ぶ未払い金の支払いと、レーベルからの離脱、また、キャッシュ・マネー・レコードと自身のレーベル、ヤング・マネー・レコードの両方に所属しているアーティストを自身のレーベルに完全移籍させる事を訴えたのだ。それに対してバードマンは、真向から対立する姿勢をあらわにした。




最初の事件が起こったのは、2015年3月の事である。フロリダ州マイアミのLil Wayneの豪邸が銃撃され、警官が駆け付けたのだ。4人の男は玄関のドアに銃弾を撃ち込み、逃亡した。


1ヶ月後、2度目の事件が起こる。Lil Wayneが乗るツアーバスが早朝に銃撃されたのだ。ジョージア州アトランタでのライヴを終えての帰りの事だった。実行犯として、2014年の「BESTヒップホップ・アワード最優秀新人賞」にノミネートされたラッパー、ヤングサグともう1人が逮捕。バードマンも捜査対象になったのだった。その後、2人の関係は、和解するのしないのを繰り返しながら現在に至っている。




ラッパーLil Wayne、地元ニューオーリンズとスケートボードへの愛


ヒップホップ界には強い地元愛を持つ人間が多い。生まれ育った環境の特殊性、そのバックグラウンドが、彼らが紡ぎ出す楽曲へ多大な影響を与えているのだ。Lil Wayneと同じニューオリンズ出身でサザン・ヒップホップの草分け的存在のラッパー(兼実業家)、マスターPも「ラッパーはルーツを忘れず、もっと地域に還元しろ」と言っている。


ラッパーLil Wayneも地元を愛するひとりだ。彼は、故郷ニューオーリンズの子供達に事あるごとにスケートボードを配っている。子供たちが真っ当な道を歩む為には、何か夢中になれる物が必要だとの考えからである。スケートパークを作り、既存のスケートパークに新しい設備を寄付した事もある。子供たちにとって劣悪な、常に銃やドラッグが身近にある環境の改善を目指しているのだ。Lil Wayne自身もスケートボードを愛している。マイアミにプライベート・スケートパークを持っている程だ。


2011年8月、セントルイスでのライヴ後、Lil Wayneはスケートボードをしていて左目の上に9針を縫う怪我をおった。その後、心配したファンへの感謝と、懲りずに技を磨く宣言をツイート。彼のスケートボードへの愛は9針縫った位では冷めないのである。




Photo:https://www.facebook.com/pg/LilWayne/photos


Written by 編集部


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