日本でも人気の世界的女性シンガー、Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)

偉大なるシンガー・Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)
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2018.06.04 02:46


偉大なるシンガー・Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)


1987年のデビュー以来、オーストラリア人女性シンガー・Kylie Minogue(カイリー・ミノーグ)は世界中で活躍し続けており、代表曲は日本でも極めて高い人気を誇る。そんなスーパーシンガー・Kylie Minogueの栄光の30年の歴史を振り返る。




Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)と生い立ちとキャリア初期


Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)は、1968年5月にオーストラリアのメルボルンで生まれた女性シンガーである。なお、両親は英国・アイルランド系のオーストラリア人のため、英国圏との深いゆかりがある。10代前半からオーストラリアにて子役タレントとして活動し始め、1987年夏・20歳の頃に「ロコモーション(カバー曲)」でデビューし、この曲がいきなり地元にて大ヒット。






続くセカンドシングル「I Should Be So Lucky」は世界中で発売されたが、日本でも大ヒットして今でもカラオケの定番曲となっている。




また、1988年夏に発売されたファーストアルバムに収録されていた「Turn It into Love」は同年秋に日本にて相田翔子・鈴木早智子から成るユニット・Winkが「愛が止まらない」という邦題でカバーされる。フジテレビ系人気トレンディードラマの主題歌に採用されたこの曲はドラマ内の良い場面で印象的にBGMとして使用され、そのキャッチーかつ切ないメロディーにて巷で話題の曲に。11月にシングルCDとして発売されると、翌年春にかけて超ロングヒットを記録し、Winkのブレイクに大きく貢献した。一方、1988年12月にはカバーソングから1か月遅れてKylie Minogueの歌う英歌詞のオリジナルバージョンも日本限定でシングル発売されると、オリジナル曲のほうも併せてロングヒット。この名曲の発表により、Kylie Minogueという女性シンガーの人気は日本で不動のものとなった。なお、カイリーの名曲のおかけでブレイクしたWinkは、その後も次々にヒットを飛ばして1989年末に日本レコード大賞を受賞し、日本の音楽業界の頂点に立った。


2000年からの第2のピーク


1990年代に入ってからのKylie Minogueは、1992年に初のベストアルバムを発売したのちレコード会社を移籍。また1990年代半ばからは、もともと役者業からキャリアをスタートさせたということもあり、シンガーとしての活動の他に女優業にも挑戦するなど活動の幅を広げる。一方で、音楽活動に注力しなくなったこともあって音楽分野ではしばらく低迷が続いたが、2000年に「Spinning Around」「On a Night Like This」といったシングル曲が大ヒットして見事に復調。同年秋開催のシドニー五輪では、国を代表するシンガーとして閉会式にてパフォーマンスを披露した。さらに2001年発売のアルバムからも「Can't Get You Out of My Head」といったヒット曲が生まれ、再び音楽シーンのど真ん中に返り咲いた。




乳がん発覚と復帰


2000年代前半に、再びヒットを連発していたKylie Minogueであったが2005年に乳がんが発覚して休養期間に入り、ファンを心配させた。しかし、初期段階での癌発覚であったため見事に短期間で完治させて、2006年秋からはオーストラリアとイギリス各地を巡る復活のツアーを大成功させた。すると、2008年には長く英国でも活躍し続けてきたことが高く評価され、英国のエリザベス女王より栄誉ある「大英帝国勲章」を授与されるほどの存在となった。


2010年代のカイリー


2010年に入ってからのKylie Minogueは、40代を迎えても攻めの姿勢でハイペースに作品を発表。2011年には東日本大震災発生後、大半の海外アーティストが来日をキャンセルする中で予定通り来日してワールドツアーの日本公演を決行。さらに同時期に震災支援ソング「We Are One」をWEB上で発表し、日本のファン・日本国民を大きく勇気づけた。また、再び女優業も再開して様々な作品に女優として出演し、マルチな才能を発揮している。




Photo:https://www.facebook.com/pg/kylieminogue/photos


Written by 編集部



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