有名プロデューサーにも認められたGhastly(ギャストリー)の魅力に迫る

ベースハウス好きの方必見!人気アーティストGhastly(ギャストリー)の魅力に迫る
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2018.05.07 08:06


ベースハウス好きの方必見!人気アーティストGhastly(ギャストリー)の魅力に迫る


今回は、大注目のDJ「Ghastly」を紹介する。Ghastlyは有名なプロデューサーにも認められている人物で、今後さらなる活躍が期待されるDJの一人だ。果たしてどういった人物なのか、その魅力に迫ってみよう。


Ghastlyの経歴


アメリカ出身のDJ「Ghastly」。プロデューサーとしても活躍する彼は、本名をDavid Lee Crowと言う。幼い頃は空手をやっていた彼が音楽に興味を持ったきっかけは兄にあったようだ。兄がアコースティックギターをやっていて、メタリカを演奏しているのを見た時自分もやってみたいと思うようになった。8歳になると友達を家に招き、音楽を掛けて遊んでいたようだ。この頃からパーティー好きの片鱗を見せるようになる。アリゾナのヤギ牧場で育った彼は、メガデスなどのメタルバンドが好きで、自身もメタルバンドのシンガーとして活動していた。その合間には、パソコンを使って楽曲制作も行っていたようだ。最初はコピーバンドを行っていたようだが、徐々に自分で作った曲で多くの人を熱狂させたいとかんがえるようになる。2008年にエレクトロミュージック界に参入した彼だが、元々メタルバンドをやっていたという経験が、現在のDJのプレイスタイルにも影響しているのだろう。



音楽業界に入った彼は、すぐにプロデュースを始めたわけではない。メタルバンドを脱退した後、とあるイベントに参加しそこでダブステップやハードスタイルなどを初めて聞き、新たな音楽性を体感した。ダブステップのサウンド構築がメタルにも共通していると感じたのも、ダブステップにハマるきっかけだったようだ。生まれ育ったヤギ農園を飛び出した後はLAに移住。LAに移住したといっても、お金があったわけでもなく、数ヶ月は移動に使っていたトラックの中で生活していたようだ。そういった生活の中でも、駐車場に車を停めて音楽制作をしていた。すぐに音楽で生活できるわけもなく、移住後はアパレル関係の仕事をしていたようだ。しかし、トラック生活をしていた事がバレて、解雇されてしまったという辛い経験もしたらしい。10歳の頃から農場で働いていたという事もあり、LAに渡ってからも時間を惜しまず働き続けた。もちろん、その合間にゆっくりと技術を磨き、自分のサウンドを追い求めていった。




有名プロデューサーとの出会い


LAでの生活を続けていた時、アメリカ出身のプロデューサー「Static Revenger」と出会う事になる。彼のプロデュースを手伝っていた時に、エレクトロニック・ミュージックからヘヴィメタルまで幅広く手がけていたプロデューサー「Sullivan King」を紹介してもらったそうだ。さらに「Icon Collective」という音楽スクールを教えてもらい通う事になる。最初はスクールになんか通いたくないと思っていたGhastlyだが、プロデューサーの薦めがあったという事で仕方なく通い始めたそうだ。実際通い始めると、本格的なDJの練習が積めただけでなく、多くの仲間から良い刺激が受けられたという事で、今は通って良かったと語っている。スクールに通い初めて作った曲が、OWSLAのコンピレーションアルバムに採用され注目を集めた。しかし、その後はなかなかオリジナリティある楽曲が作れずに悩むようになった。そんな彼はヤギ農園に戻って一からやり直す事を決意。働きながら音楽制作だけを行い、半年後にLAに戻った時には進化したサウンドが認められ人気クラブのレジデントを掴んだ。その後も精力的に楽曲制作を行い一気に勢いを増したGhastly。現在はプロデューサーとしても大活躍。Ghastly独特の力強いドラムパターンとヘビーなベースサウンドは、現在も多くのファンを虜にしている。





Photo:https://www.facebook.com/pg/iamGhastly/photos/


Written by 編集部



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