DJ界のレジェンド・Carl Cox(カール・コックス)が生み出すテクノ音楽が人々の心を躍らせる

英国が生んだレジェンド・Carl Cox(カール・コックス)がテクノ音楽で人々を魅了する
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2018.06.04 03:02


英国が生んだレジェンド・Carl Cox(カール・コックス)がテクノ音楽で人々を魅了する


長きに渡りテクノなどを含む音楽をリードしてきたCarl Coxは、今やレジェンドDJと呼ばれファンのみならず多くのアーティストたちの憧れの的である。いつの時代も世界が注目し続け、今尚現役を貫き続けるCarl Coxに迫る。




Carl Coxとはどんなアーティスト? 


ダンスミュージック界のアイコンとして長きに渡りスーパースターDJとして君臨し続けているCarl Cox。英国のダンスミュージックを語る上で欠かすことのできない存在であるCarl Coxは、英国の伝統あるクラブShellyやThe Haciendaなどでプレイし、輝かしいキャリアを積んできたDJだ。80年代中盤には、DJとしての活動をスタートさせ、数々の伝統あるクラブで活躍してきた。90年代では、唯一無二の存在としてCarl Coxは多くの人々から愛された。その活動は年を重ねるごとに凄さを増し、55歳を迎えても尚トップDJとして現役を貫いている。




そんなCarl Coxは親の影響で子供の頃から音楽に親しんでいた。Carl Coxの両親はカリブ系移民でバルバドス産ミュージックを良く楽しんでいた。その中でもっともCarl Coxの心に残っている曲は、「Bossa Nova Baby」という曲だ。Bossa Nova BabyはElvisの曲で、幼い頃からElvisの曲を聴いて育った。Carl Coxのテイストを決定付けたのは、Elvisの絶大な影響力によるもので、Elvisの深いソウルを感じていたからに他ならない。


15年続けたSpavce LbizaでのレジデントDJ活動に終止符を打ち、オーストラリアで「Pure」というテクノフェスを開催し、大いに会場を盛り上がらせた。


Carl Coxが築いたテクノミュージックとは? 


1980年代、Carl Coxは早くからシカゴハウスに目をつけ、ダンスミュージック業界の最前線で活動をしていた。Carl Coxはシカゴハウスの創立者の一人として貢献し、当時では誰も行っていなかった匠に3つのターンテーブルを使いこなすDJとして注目を浴びた。


1990年代には、初シングル「I Want You (Forever)」をリリースした。この曲をきっかけに有名DJの仲間入りを果たすと、続けてヒット曲を生み出し続けた。その後、テクノのアンダーグランド・サウンドを駆使した音楽が大ヒットし、Carl Coxの人気がさらにヒートアップする。




1990年代半ばからは、ロンドンのクラブDJとして活躍しながら、New Year's EveのカウントダウンDJを2度も勤めた。さらに、BBC Radioでは、10年間もの間、Ibozaライブミックスの放送を手がけた。その後もIntec Recordsというレコードレーベルを結成する傍ら、数多くのリミックスやミックスCDを制作するほどのパワフルさを見せた。2001年からは、イビザ島にある「Space」という有名クラブで15年間DJを勤め上げ、2017年からオーストラリアで「Pure」というテクノフェスを開催している。現在では24カ国でCarl Coxのラジオ番組「Global Radio」が放送され、1,000万人ものリスナーを喜ばせている。




レジェンドCarl Coxの心に色濃く残るアーティスト


テクノミュージックの立役者でありながら、多くのアーティストをプロデュースしてきたCarl Coxが、絶賛するアーティストがいる。それは、Happyを歌う「Pharrell Williams」その人だ。Carl Coxは、Pharrell Williamsが制作したHappyを文句の付けようがないほどの高いクオリティーで完成されたレコードだと語り、Pharrell Williamsの突出した才能を認めた。




55歳を迎えても尚音楽への情熱を燃やすCarl Cox。Pharrell Williamsのような才能あるアーティストと肩を並べながら、今後もレジェンドCarl Coxとして世界にどのようなCarl Coxテクノ旋風を巻き起こしてくれるのか、楽しみでならない。




Photo:https://www.facebook.com/pg/carlcox247/photos


Written by 編集部




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